日本の豊かな自然環境に着目したオルタナティブ・ツーリズムの探索的研究:グリーンツーリズム,アグリツーリズム,アドベンチャーツーリズムへの経営学的接近
プロジェクトの概要
現代ツーリズムのあり方は、マスツーリズムからオルタナティブツーリズムへと変化してきています。マスツーリズムは20世紀後半に急速に普及し、経済効果をもたらす一方で、自然環境の破壊、観光地の過密化などの問題を引き起こしてきました。また、パッケージ化された一律的な観光体験は、旅行者にとって画一的な経験となりがちでした。これに対する反省から登場したのがオルタナティブツーリズムです。オルタナティブツーリズムについての定義は様々ですが、Smith & Eadington(1992)はオルタナティブツーリズムを「自然、社会、地域の価値観と調和し、ホストとゲストの双方が前向きで、価値ある交流を享受できる観光の形」(p. 3)と定義し、地域住民と観光客の双方に利益のあるものとしてツーリズムを捉えました。また、Wearing et al.(2000)はオルタナティブツーリズムを体験という観点から捉え、画一的な体験ではなく、観光客が求める本物に出会い、これまでとは異なったツーリズムの実現と同時に、観光客と地域住民が相互に交流できる楽しい場所を実現するものとしてツーリズムを考えています(pp. 36-46)。
自分だけの体験であり、観光客と地域にとって有意義なツーリズムが求められているのだとすれば、我が国が提供できる固有のツーリズムとは何でしょうか。それは日本の自然に他ならなりません。日本は国土面積の三分の二が森林であり、世界的に見てもこれほど手つかずの自然が残っているのは珍しいです。また、自然環境が豊かであるからこそ、日本の第一次産業は盛んです。日本の森林資源や水産資源は、その質と多様性において世界に誇るべきものであり、四季折々の豊かな自然環境の恩恵を受けております。さらに、農業や狩猟といった第一次産業も、日本各地の風土と密接に結びつきながら、人々の暮らしの中で脈々と受け継がれてきました。これらの自然環境と産業は、単なる生産活動にとどまらず、持続可能な社会の実現や、自然と共生するライフスタイルの再構築、さらには地域固有の魅力を体験型コンテンツとして観光資源化するうえでも、極めて大きな可能性を秘めております。
我が国の社会政策としても、自然環境の保全活動を通じて、住民の環境意識を高め、世代を超えた学びと交流の場を創出する市民参加型の整備事業が行われています。具体的に、神戸市も1995年より「六甲山系グリーンベルト整備事業」を行っており、整備事業において市民の参加を促す体験プログラムを提供しています。これはまさしくツーリズムの一環にほかならず、本プロジェクトは、その社会政策に位置しており、社会課題を解決しながら、自然と共生する体験ができるオルタナティブツーリズムとして、次の三つのツーリズムに注目し、経営学の理論を援用しながら探索的に研究していきます。
第一に、グリーンツーリズムです。グリーンツーリズムとは、緑豊かな農村地域において、その自然、文化、人々との交流を楽しむ、滞在型の余暇活動です。日本はこれほどの自然に恵まれているにもかかわらず、自然環境を活かし、農村地域とともに時を過ごすツーリズムは少ないというのが現状です。それは本学に近接する六甲山も例外ではありません。本プロジェクトは、未活用となっている六甲山に眠る自然資源を活用したり、人々の暮らしの中で受け継がれてきた第一次産業を体験するツーリズムを計画することで、地域交流や新たな担い手の掘り起こしの促進といった地域創生に資するツーリズム形態を経営学的視点から探索的に研究するプロジェクトを進めていきます。
第二に、アグリツーリズムです。アグリツーリズムとは都市に住む人々が、地方の農村や農場へと旅行し一定期間、滞在して農業体験や農村の文化を楽しむ観光形態です。グリーンツーリズムとは異なり、アグリツーリズムは、農業関連体験に限定されています。日本は自然環境が豊かな一方で、人間の手がその整備に追い付いていないのが現状です。少子高齢化に伴い、農業の担い手がいなくなることで、耕作放棄地が増えてしまったり、野生動物にとって住みやすい環境となっていることから、獣害問題が発生し、農業に大きな被害が起こっております。本プロジェクトでは、農業にまつわる少子高齢化による担い手不足や、獣害問題に貢献するツーリズム開発を試みます。ただ単に農業体験のツーリズムを開発するだけでなく、就農資格が得られる農業体験のツーリズムや、廃棄されている未活用の有害駆除動物を使って解体や毛皮なめし体験などの体験型ツーリズムといったツーリズム開発を計画することで、社会課題につながるツーリズム形態を経営学的視点から探索的に研究するプロジェクトを進めていきます。
第三に、アドベンチャーツーリズムです。アドベンチャーツーリズムとは、旅行者が地域独自の自然や地域のありのままの文化を、地域の方々とともに体験し、旅行者自身の自己変革・成長の実現を目的とする旅行形態です。代表例として、登山や沢登り、マウンテンバイクやラフティングが挙げられます。一見アドベンチャーツーリズムは、自然体験型のアクティビティに見えるかもしれません。しかし、本プロジェクトは、アドベンチャーツーリズムを意識的・無意識的にも社会課題に貢献するツーリズムだと位置づけています。例えば、マウンテンバイクは単に山の中を駆け抜けるアクティビティに見えるかもしれませんが、コースのために林道を整備する必要があり、その整備は放置竹林や里山保全に大きな貢献をしております。また、六甲山の登山においても、登山客のために休憩所として点在する茶屋が地域交流や、登山客による登山客のためのイベント開催の場につながることから地域活性化に貢献しております。本プロジェクトでは、アドベンチャーツーリズムを単なるアクティビティして捉えるのではなく、地域創生という切り口でアクティビティを捉えることで、同じ活動内容であるにもかかわらず、それが知らないうちに地域創生につながるツーリズムとしてアドベンチャーツーリズムを捉え直していきます。そして、単なるアクティビティが無意識的に地域創生につながるツーリズムを経営学的視点から探索的に研究するプロジェクトを進めていきます。
以上のように本プロジェクトは、単に現代的なツーリズムの分析だけでなく、現代の観光客のニーズに対応しつつ、地域創生という切り口から、自然環境や第一次産業が抱える課題解決を通じた我が国独自の新たなツーリズムを経営学的視点から分析し、探索的に開発する研究プロジェクトとして立ち上げます。
<参考文献>
Smith, V. L. & Eadington, W. R.(1992)“Introduction: The Emergence of Alternative Forms of Tourism,” in Smith, V. L. and Eadington, W. R. (eds.) Tourism Alternatives: Potentials and Problems in the Development of Tourism, University of Pennsylvania Press, pp. 1–12.
Wearing, D., Stevanson, D. & Young, T. (2010) Tourist Cultures: Identity, Place and Traveller, Los Angels : Sage.
今後の活動のご案内方法
本プロジェクトの活動内容に関しましては、地域創生と観光経営研究教育センターのFacebookにて、その内容をお伝え致します。本プロジェクトにご興味をお持ちの方は、是非Facebookアカウントをフォローしていただけたらと思います。