末廣先生ゼミ(2020)

研究主題

 ゲーム理論とその応用に関する研究を行います。
 我々が、社会現象、つまり人と人との間で起こる出来事を理解することができる典型的な状況として、トランプ遊びのようないわゆる室内ゲームがあります。室内ゲームでは人はでたらめには行動しません。互いに、相手が考えていることを考えた上で、自分の手を繰り出していくからです。このような「相手の考えていることを考えた上で行動する」という行動の仕方は、室内ゲームのような遊びに見られるだけでなく、社会的存在としての人間行動に普遍的に見られる行動の仕方です。ゲーム理論は、このことに注目して社会における人間行動を説明する原理を見いだそうとする学問です。つまり、室内ゲームで人が直面する状況を一般化して、複数の個人がそれぞれ決定・行動することで何かが起こるが、何が起こって欲しいかが個人間で同じでない状況をゲームと呼んで、「ゲームでは人は他の人が何を考えているかを考えて行動する」というアイデアに基づいて
[1]ゲームで人がする決定・行動を予測・説明する原理を考え出し、
[2]その原理を用いて現実の人の行動を説明・理解する、
学問です。
 ゲーム理論を理解し、応用することによって、様々な経営現象をモデルで表し、それがなぜ起こっているかについて論理的に考え、議論できるようになります。ゲーム理論を用いて盛んに研究されている現象は、組織設計の問題、組織における人の行動の問題、情報の問題、市場戦略の問題等々、経営・会計・市場科学の全ての分野にわたっています。
 ただし、ゲーム理論は、経営現象を構成する、組織現象、会計現象、市場現象といった、個別の現象の固有の事実を明らかにする、という学問ではありません。それは、経営管理や管理会計やマーケティングといった、それぞれの現象を個別に研究する学問分野で行われます。ゲーム理論は、これらの個別学問分野で用いられる、人の決定・行動を説明する原理を提供する関係にあります。
 例えば、日本経済では戦後の高度成長期に生成・定着した日本的雇用慣行が高度成長の終焉とともに部分的に崩れて来ていると言われます。その一例として、若手社員が汎用的技能(例えば会計)の技能資格を社外の学校で勉強・取得することに資金援助する会社が現れるようになりました。日本的雇用慣行では、終身雇用を想定して各会社に個別に必要となる技能(企業特殊的技能)を社内訓練を通じて与えることが一般的であるのに、どこの会社でも通用する会計資格の取得に会社が資金援助するのは、まるでその資格で転職することを助長するような不合理な人事政策のように見えます。このような日本企業の人事政策の実際を調べたり、人事政策の会社間の違いを比較して違いのパターンを見出したり、あるいはその人事政策を導入した会社の導入意図や導入成果を調べたりする、という研究は経営管理・人的資源管理・人事制度論といった学問がこれを行います。これに対し、ゲーム理論による研究では、会計資格の取得に会社が資金援助するという一見不合理な人事政策に何らかの合理性があるとすればそれはどのような合理性か、その人事政策が導入されるに至る原因を考え、その原因でその人事政策が導入されることが起こりうるということを、モデルを用いて、ゲーム理論がその研究成果として生み出した原理に従って論証します。末廣ゼミで学べるのは、その原理の部分です。
 このような学問であるゲーム理論を研究する末廣ゼミは、経営学部で学生が身につけることができる能力の内、特に経営現象について論理的に考え、理解する能力を育成するゼミと言えます。経営現象は1人ではできないことを複数の人が集まることで成し遂げる現象ですから、経営現象の理解には、それに関わる複数の人々の人と人との間に生じる相互作用を理解する能力と理論枠組みが必要となります。その理論枠組みとして今日もっとも発展しているものの1つがゲーム理論であり、ゲーム理論を用いることで初めて「現象Aは要因Bに左右される」といった単純な経験的知見以上の、論理操作に基づく理解が可能となる経営現象が数多くあります。上記の汎用的技能の資格取得人事政策の例は、それを会社と社員の相互作用の結果として理解するのに、ゲーム理論なしにはとても難しい現象だということが分かるでしょう。そして、ゲーム理論を用いることができれば、次の「研究方法」の欄で説明するように、それを論理的に理解することができます。末廣ゼミは、皆さんの経営学部での学修が、このような「その現象が起こる理屈を論理的に理解する」というやり方で行えるようにする能力を与えます。

研究方法

 2年間の勉強を通じて、ゼミ生1人1人が、様々な経営現象について、自分でそれをモデル化し、ゲーム理論を用いて分析できるようになることを目指します。
 その為には、次の2つの能力を身につけねばなりません。
 [1]ゲーム理論の研究によって有力と考えられるようになった、ゲームで人がする決定・行動を予測・説明する原理、つまりナッシュ均衡理論等々と呼ばれる均衡理論を理解できること
 [2]実際の経営現象をモデル化し、均衡理論を当てはめて、その現象を論理的に再現できるようになること
 末廣ゼミでは、この2つの能力を3年生前期・後期、4年生前期の1年半をかけて育成します。その方法は次の通りです。
 まず、3年次第1クォーターに私が担当する学部講義「ゲーム理論」を履修してもらいます。(すでに2年次に履修した人は必要ありません。)「ゲーム理論」の講義では、私が受講生の皆さんに、ゲーム理論の理論を、整理して、体系的に教えるので、ゲーム理論の姿がきちんとわかります。ゲーム理論は、社会における人間行動にどのような仮説を置き、どのように説明するのか、その骨格が理解できるということです。
 末廣ゼミでの最初の1年半の勉強は、こうして得たゲーム理論の骨格理解に、肉付けし、血を通わせて、自分で動かせるようにする勉強です。それは、「ゲーム理論」の講義でナッシュ均衡の理論の考え方が分かったとして、その理解を2つの方向で発展させることです。1つは、ナッシュ均衡の理論の理解を深めることです。それは、ナッシュ均衡の理論と他の理論とを比較してナッシュ均衡の理論の優れた面を知る、逆にナッシュ均衡の理論では解明できない人間行動のあり方はあるのか、それはナッシュ均衡の理論のどのような限界から生じるのかを深く考える、そしてその限界を克服する理論を学ぶ、ということです。もう1つは、ナッシュ均衡の理論を、実際のさまざまな複雑な社会現象に適用して、理論の力でその複雑な社会現象を理解してみる、ということです。これら2つの勉強を通じて、卒業研究に必要な「ゲーム理論で考える力」が身につきます。その勉強はゲーム理論の教科書の輪読によって行います。どの教科書を用いるかは、ゼミ生の学力(特に数学モデルの理解力)に応じて決定します。
 それから4年生の後期に、卒業研究を行います。自分が興味を持っている具体的な経営現象・経済現象(それは、経営・会計・市場科学のどの分野でもかまいません)を、1年半の学習を通じて身につけたゲーム理論を用いて分析する、という研究を行います。どんなに小さな問題でもよいですから、オリジナリティーのある研究を行うことを目標にします。
 例えば、上の「研究主題」の欄で説明した「会計資格の取得に会社が資金援助することにどのような合理性があるか」という問題は、実は、2017年3月に卒業したゼミ生の卒論テーマでした。彼女は、その合理性の1つの可能性を次のように考えました。会社にとって、若手社員の能力を選別して会社の管理職に登用していくのに、問題の会計資格に合格できることがその社員の管理職適合性のシグナルとなるので、その勉強をしてもらいたい。ただし、そのシグナルが有効であるには社員が相当の努力を資格取得の勉強に注ぎ込むことが前提で、その資格取得が単なる社内の出世競争のハードルに過ぎないなら、そのようなつらい努力をしようとする社員は多くはない。ところが、その資格が万が一会社の経営が行き詰まったときでも転職市場で有利な資格となるというメリットがあるため、多くの社員がその資格取得にチャレンジすることになり、その結果会社は管理職候補を的確に選別できる。このことを完全ベイズ均衡の理論(ナッシュ均衡理論の1つの発展型)を用いて数学モデルで証明しました。このように、会計資格の取得に会社が資金援助するという一見不合理な人事政策が、会社が望むことと社員が望むことがすれ違っていることが原因で起こりうることを、自分でモデルを作り、自分で示したのです。
 このように、卒業研究では、自分でモデルを作り、自分で自分の主張を証明した、オリジナル研究以外は認めません。例えば、何かについて本を読んで学んだことをまとめる、何かについて調べてきた結果をまとめる、といったものは末廣ゼミの卒業研究としては認めません。末廣ゼミが育成しようとする能力に照らして、その卒業研究は、世界について、自分の頭でモデルを用いてゲーム理論に基づいて考える能力が育成されたことを証明する研究成果物でなければなりません。卒業研究は、モデル作成、主張、主張の証明(数学的証明)のすべてを、証明の細部にわたるまでゼミで発表し、その妥当性を討論します。これによって研究が妥当と認められた場合に、この研究の成果を卒業論文とします。
 末廣ゼミの卒業研究で求められる「経営の問題を、ゲーム理論の説明原理を応用して、自分の頭でモデルを用いて考える」ということは、たやすくできることではありません。そこで、末廣ゼミは、毎年神戸大学・一橋大学・大阪市立大学の3大学が行う3商大ゼミ討論会に参加する予定です。このゼミ討論会で、末廣ゼミのメンバー全員で1つの研究課題に取り組むことで、1人でいきなりはできなくとも、協同して研究に取り組むことで互いを補い合い、ゲーム理論で世界を説明するということができるようにします。こうして、教科書によるゲーム理論の深い学習をゼミ討論会の研究実習による研究経験と組み合わせて、自分で卒業研究ができるようにします。

開講頻度

 毎週ゼミを行います。理論を逐一追って理解することが必要であるため、ゼミの時間は所定の90分を超える可能性もあります。また、卒業研究では、1人の発表に時間を要するので、ゼミを延長する場合がしばしばあります。

その他

 [1] ゲーム理論は、数学の一分野ではありません。実際の人の行動を予測・説明する原理を提供する、社会科学のための基礎科学分野です。そのような学問であるゲーム理論を学ぶことを通じて、末廣ゼミで育成しようとする能力は、世界をモデルで表現して論理的に考え抜く力です。従って、その能力を伸ばすことをゼミに求める人に向いています。
 [2] ただし、これまで研究者が開発してきたゲーム理論に基づく様々なモデルはどれも数学モデルです。したがって、教科書を読みこなすのに数学モデルで考えていくことが求められます。ただし、ここで「数学モデルで考える」と言っているのは、数学上の定理・公式の知識を当てはめて答を出すという意味ではなく、「数学言語で記述し、論理操作する」という意味です。後者は、経営学部専門科目「経営数学」が与えようとする能力に対応します。
 [3] ゼミでは知識や意見の交換ではなく、集中的な思考のぶつけ合いをします。そのためには、ゼミの中と外で相当のエネルギーを勉強に注がねば成果が上がりません。従って、ゼミでの勉強にそれだけのコミットをする学生に来てもらいと思います。