2024.03.14
【開催報告】人的資本経営研究教育センター 開設記念シンポジウム「人的資本経営を問い直す」を開催しました
- 日時
- 2024年3月2日(土)13:30~17:00
- 場所
- 神戸大学 出光佐三記念六甲台講堂 ※オンライン配信あり
人的資本経営研究教育センターの開設を記念して、「人的資本経営を問い直す」と題したシンポジウムを開催しました。本シンポジウムでは、日本企業における「人を大切にする経営」を振り返り、これからの新しい時代に即した人的資本経営の社会実装へ向けて、最新の動向やこれからの展望について、実務家・研究者が議論を深めました。
会場には多くの方に足を運んでいただき、またオンライン配信にも多くの登録をいただきました。ありがとうございました。
センター設立の趣旨とシンポジウムの概要(センター長 上林憲雄)
人的資本経営研究教育センターは、2023年5月に神戸大学大学院経営学研究科と株式会社インソースが包括連携協定を締結し、具体的に産学連携での活動を行っていくための拠点として設立されました。神戸大学大学院経営学研究科での研究成果を、株式会社インソースが具体的な企業研修プログラムとして具現化し、人的資本経営の基本理念「人を大切にする経営」を社会に普及浸透させていくことを通じ、日本経済の活性化や社会問題の解決に貢献していくことが本センターの目的です。
プログラムより
基調講演「企業の経営基盤強化について ~中長期視点でのGDP+無形資産~」
旭化成株式会社取締役会長 小堀秀毅 氏
企業を取り巻く環境の転換期・変革期にあり、将来に向けて目指すべき持続可能な社会の共有化が世界中で進む現在の社会において、100年企業としてなお成長を続ける旭化成株式会社が、持続可能な経営に向けて強化してきたこととして「GDP+無形資産」がある。ここでのGDPとは、G「Green(グリーントランスフォーメーション)」D「Digital(デジタルトランスフォーメーション)」、P「People(「人財」のトランスフォーメーション」)のことで、中でもPeopleにおいては、「全ては人から」という大方針を掲げてマネジメント&専門人財の強化策を展開してきた。そこでは、従業員一人ひとりの生涯にわたる成長と社会参加を念頭に「終身成長」というスローガンを掲げ、多様な従業員が主体的に専門性を磨きながら互いに共創し新たな価値を生み出すことを目指している。特に多様な人財の活躍を促す為に、女性の活躍推進の取組に加えて、「KSA:活力と成長アセスメント」を活用したエンゲージメント向上に注力している。「KSA」とは個人と組織の状態を可視化するための当社オリジナルの年1回のサーベイで、職場環境、活力、成長活動を測定するだけでなく、その結果を用いて職場毎に対話を実施し改善に取り組むことまでをセットにしたシステムを運用している。
企業経営執行の基本は、①パーパスの設定と浸透②現状の財務成績と将来の目指すべき財務指標の設定③将来の事業像とその実現への経営戦略と人財戦略の実行であるが、特に③経営戦略と人財戦略をどう連動させるのか、人的資本をどう活用するかが重要である。その中でもリーダーが組織目標をしっかり設定し、実現することが特に大事であり、優れたリーダーシップでマネジメントを行うことで、組織の風土も変わり、先に述べた従業員の終身成長と共創による価値の創造も実効性があがってくる。
講演「人的資本経営の今日的意義と課題」
株式会社インソース 取締役・執行役員CFO
神戸大学大学院経営学研究科 客員教授 藤本茂夫 氏
人的資本に関することは古くから論じられてきたにもかかわらず、なぜ昨今注目を浴びるようになってきたのか、また日本企業において人的資本経営を推進していくにあたっての課題は何か。
人的資本経営の今日的な意義として(1)価値創出主体であるヒトへの低水準投資、(2)低労働生産性による負のスパイラル、(3)OJT偏重人的資本投資の行き詰まり、(4)デジタル人材投資と転職リスクの4つが考えられ、さらに今後の課題として(1)「個に近づく」(属性から個性へ)、(2)企業主導の、両利きの人的資本投資、(3)エンゲージメント向上によるデジタル人材リテンション、(4)人事部門のファイナンシャルリテラシー向上の4点があげられる。
講演「女性活躍を阻害する制度的要因とその解消に向けた人的資本情報開示の在り方」
神戸大学経済経営研究所 教授 西谷公孝
日本の職場では女性が活躍できていない。その原因としてアンコンシャスバイアスが挙げられることが多いが、実は(男性中心の)日本的雇用制度が女性の活躍を阻害している。しかし、コーポレートガバナンスの変化(株主・投資家の発言力の上昇)が日本的雇用制度の特徴を弱めることによって女性が活躍できる可能性が高まっている。こうした状況で女性の活躍を促進していくには、女性を価値創造に貢献する人的資本として位置付け、その情報を株主・投資家をはじめとしたステークホルダーに向けて開示することが重要となってくる。
講演「組織のレジリエンスを高める人的資本経営-ダイバーシティ推進の観点から―」
神戸大学大学院経営学研究科 准教授 庭本佳子
本報告においては、組織のレジリエンスを高める人的資本経営の在り方をダイバーシティとの関連で検討し、HCMセンターで収集されたデータから、人的資本情報開示の現状と人的資本経営の課題を提示した。
多様な人材の活用、柔軟な働き方を可能にする職場づくりが、従業員の人的資本化と組織のレジリエンスを高める。ダイバーシティ推進に関連する開示情報データからは、通り一遍の開示にとどまっている企業が多いことが明らかになったが、ユニークな指標を出している企業の例も挙げられた。これらを踏まえ、多様な人材を保持・活用し、従業員の認知や行動を促すような組織・人事体制を構築することが重要である。
パネルディスカッション
- モデレーター:上林憲雄
- パネリスト:
藤本茂夫
鈴木竜太(神戸大学大学院経営学研究科教授)
西谷公孝
庭本佳子
冒頭で、パネリストの鈴木教授より①これまでの日本企業は「人を大切にする」「長期的に人を育てる」と言われてきた。人的資本経営で言われるポイントと従来の日本企業における「大切」の意味が異なるのか、②人的資本に投資をすることは大切だが、資本をいかに活用するかも重要である、活用するというポイントについて企業はどのように考えるべきか、活用に投資する、ということを考えるべきではないか、という質問が報告者へ向けられた。
これに対し、報告者の藤本氏、西谷氏、庭本氏より回答があり、それぞれに終身雇用や男性従業員中心の能力開発などが背景にあることを指摘した上で、藤本氏より人的資本を活用するためのプランがあり、そこに投資するという順番が大切であること、西谷氏からは人的資本として女性を活用できていない理由としてキャリアの中断に言及があった。また庭本氏からは、人的資本の活用とあわせて情報の開示の必要性に言及があり、生産性についても開示をし、1人当りの営業利益にどう結びついているのかを見ていくことも必要だという意見が述べられた。
次に、モデレーターの上林教授より①日本的経営に対するポジティブな見方とネガティブな見方が併存しているが日本企業における人的資本の実態はどうなのか、②今後日本の人的資本が企業にとって有用であるためには何が必要か、という質問が4名のパネリストに向けられた。
これに対し、藤本氏より①日本の組織力の強さが経済成長を生み出してきたが、現在は環境と慣行の不一致が起きているのではないか、変えるべきは変えていかなくてはならないが、「経路依存性」という視点を持つ必要がある、②経営戦略と人事戦略を一致させることが必要だ、という回答があった。
西谷氏からは、①に対して、30年以上前は日本企業では従業員が「働きすぎ」であることが良いかのような風潮があったが、現在であれば「ブラック企業」とみなされることから、日本的経営には負の側面があり、特にジェンダーの観点から言えば、日本的経営は女性差別の上に成り立っており否定されるべきものだと指摘があった。その上で、女性が活躍するためには、ワークライフバランスが必要であり、これは「仕事と生活のバランス」であり女性のみならず男性も含めたすべての従業員にとって必要であると述べられた。②に対しては、これまでCSR推進のため、といった受け身の取り組みが多かったが、女性も価値創造の資本であることを認識し、トップが方向性を示すことで企業が動いて行く。情報開示の点から言えば、開示することで評価されるため、開示と評価のループをまわしていくことが必要だとの意見が出された。
庭本氏からは、①に対して日本的経営は組織人事の慣行から言えば合理的であったが、その合理性は当時の社会構造にとっての合理性であったとの意見が述べられた、②に対しては、組織の戦略の方向性と人事管理業務とを連携させることの困難さに言及し、組織内の共通言語である数値に生身の人間の声という質的な情報をいかに乗せていくのか、高度なスキルが求められるという指摘がなされた。
最後に鈴木教授からは、高度成長期には働いた分だけ所得が増えるといった心理的なやり甲斐が感じられていたが、現在は賃金が上がらないことや、価値を生むためにKPIを意識させるが、結局KPIのために資料を作成する必要がある、という風に価値を生み出す前の作業が多くなってやり甲斐を持ちにくい、企業価値につながらない状況があることが指摘された。さらに、人に対する投資のみならず、投資した人財がどこにいて、どう活用できるのかを知っている人がいなくては、結局価値を生み出すことができないのではないかという問題提起がなされた。
- 会場からの質問
- 「企業として人に投資をすることは大切だが、今の若い従業員はキャリアアップのための転職に前向きである。企業として若者の転職にどう向き合えばいいのか。」
- 回答(藤本氏)
- 給料を上げる、休暇を増やす、といった対策には限界がある。「やり甲斐のある仕事を与える」につきるのではないか。若者はお金に対する執着が下がっているとも言われている。企業として、やり甲斐のある仕事を積極的に提供することがモチベーション維持のために重要ではないか。
これからのセンターの活動について
当センターでは、これから人的資本経営の普及実現へ向けて、①見える化促進プロジェクト(人的資本の開示の在り方および可視化・指標化の推進)、②働きがい向上プロジェクト(可視化・指標化の推進の一方で、蔑ろにされがちな、働く人々の働きがいや幸せの追求)、そして③新しい人的資本経営の実装プロジェクト(見える化促進と働きがい向上の同時最適化とその深化・発展)を具体的に進めてまいる所存です。
ご協力のほどよろしくお願いいたします。