研究プロジェクト概要・計画

研究の全体構想と目的の要旨

  環境と経済の両立が今世紀最大の課題であることは世界的に認識されている。 そのための手法については、法律や基準の制定、環境面での課徴金や補助金の導入、 環境税や排出量取引のような経済的手法など、企業外部から政府の力による政策が中心に議論されてきた。 しかし、複雑な地球環境問題に対処するためには、行政機関による政策だけでは、その非弾力性に起因する固有の限界がある。 したがって、それに加えて、企業及びステイクホルダーの自主的な活動によって、環境と経済を自律的に連携させる方法を 確立することが国際的にも喫緊の課題となっている。
  このような認識は、企業の環境保全活動の場面では、エンドオブプロセス型の環境経営 (有害物質や廃棄物が排出されてからその無害化やリサイクルを中心に考える経営)から、 インプロセス型の環境経営(事業プロセスを環境配慮型に転換する経営)への転換を求める動きとして存在している。 しかし、インプロセス型の環境経営を支えるマネジメント技術が十分に開発されてこなかったため、現時点で、 環境と経済を両立させた環境経営モデルは確立されるに至っていない。
  企業経営の現場で環境と経済の両立を十分に実現できない最大の理由は、環境と経済を両立させた意思決定 (以下では「環境経営意思決定」と呼ぶ)を支援する手法が十分に開発されていないためである。環境経営意思決定を支援するためには、 環境情報と経済情報を統合した新しい会計システムが必要となる。さらに、環境経営を企業経営者に実行させるためには、 企業外部のステイクホルダーが、環境経営企業を評価し、選別する意思決定を行わなければならない。そのためには、 企業外部のステイクホルダーの意思決定を支援するために、環境情報と経済情報を統合した情報システムが必要となる。これらの点については、 企業内部者に対しては環境管理会計が、企業外部者に対しては環境財務会計が発展してきた。しかし、 これまでの環境管理会計や環境財務会計は個別的な領域での展開にとどまっており、両者の連携はもとより、 企業全体やステイクホルダーを体系的に支援する段階にまでは進展しておらず、企業内外において環境と経済を体系的かつ十分に連携させるには至っていない。
  そこで本研究では、企業内部者と企業外部者の環境経営意思決定支援を中心軸において、環境管理会計と環境財務会計の個別手法を改善・発展させるとともに、 両者を統合した環境会計システムを体系的に構築することを目的とする。本研究では、環境管理会計と環境財務会計の専門家の参画を得て、 各個別領域の環境会計手法の高度化・精緻化を図るとともに、その全体像を体系化することによって、 環境と経済を両立させる社会経済システムの実現への道筋をつけることを目指している。このような目的は、 現在国際社会が希求している課題でもあるため、本研究では、海外の第一線の環境会計研究者が研究協力者として参画する体制をとり、 環境会計の国際面の動向と課題を反映させて、地球規模での研究活動の推進と成果の展開を追求する。

①研究の学術的背景

  環境管理会計と環境財務会計はこれまで別個の発展を遂げてきた。環境管理会計については、 国際会計士連盟(IFAC)が2005年に公表した「国際ガイダンス:環境管理会計」に基本的な概念と手法が開発されている。 しかし、そこでは企業意思決定への支援という視点が十分に導入されていないため、企業経営への有効性には限界があった。 また、環境管理会計手法の中では、マテリアルフローコスト会計の有効性が注目され、ISOでの国際規格化も進んでいる。 わが国では、マテリアルフローコスト会計の理論及び実践はかなり普及してきているが(中嶌・國部[2008])、 次の段階として、企業経営全体の意思決定を支援するツールへの展開が必要とされている。すなわち、環境管理会計は個別ツールの開発の時期から、 個々の手法を統合し、企業の環境経営意思決定全体を総合的に支援する技術へ発展させることが課題となっている。
  環境財務会計についても、環境負債会計や排出量取引会計など個別領域での発展は見られるものの(会計研究学会[2008])、 ステイクホルダーによる環境に配慮した意思決定を支援するツールにまでは発展していない。また、環境財務会計の体系に関しても、 企業会計の体系を補完するものなのか、あるいは企業会計を包含する体系を目指すべきか結論が出ていない。 ステイクホルダーの環境経営意思決定を支援するためには、社会的責任ファンドなどの情報ニーズの調査が必要とされており、 公共部門の環境経営意思決定を支援するための会計手法の開発も急務である。
  環境管理会計と環境財務会計は、これまで相互交流が十分ではなかったが、企業が自主的に環境と経済を両立させるためには、 経営者とステイクホルダーの両者が環境経営意思決定を行う必要があり、両システムは統合化される必要がある。 この点は海外でも環境会計の重要課題として認識されており(Unerman et al.[2007])、国際的な視点で解決されるべき問題である。

②研究期間内に何をどこまで、明らかにするか

  本研究では、第一段階として、環境管理会計と環境財務会計の内外の研究及び実務を網羅的にサーベイして、 現時点までの到達点を明らかにすると同時に、全体の体系化にあたっての解決すべき課題を洗い出す。本研究では、 伝統的な会計領域だけではなく、環境影響評価などの環境評価手法も物量基準の環境会計領域として捉え、金額会計と物量会計の統合も視野に入れる。
  第二段階として、環境経営意思決定の個別領域をできるだけ包括的に捉えて、国際的な動向を反映させた上で、 それぞれの個別領域における環境会計システムの現状を分析し、意思決定支援の機能を進化させるための方向性を考究して、 手法面での技術的な開発及び改善を提案する。本研究では、企業内部面については、製品開発、生産革新、設備投資、 業績評価などの企業経営の基幹部分を対象に、具体的な意思決定を支援する環境管理会計のあり方を明らかにする。 企業外部のステイクホルダーに対しては、意思決定を支援する環境負債や排出量取引に対する会計基準のあり方や、 公共部門での環境会計情報の活用方法、さらに、環境経営評価情報の提供によるステイクホルダーの意思決定支援の可能性を中心に研究する。
  第三段階として、環境会計意思決定を支援する環境管理会計と環境財務会計の相互関係を明らかにして、統合的な環境会計システムを構築する。 ここでは、環境経営意思決定と環境会計システムの整合性を軸にして、各領域を有機的に関連付けた体系を構築し、 その全体系のもとで企業とステイクホルダーが自主的に環境と経済の連携を図るための具体的条件を究明する。

③本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

  本研究は、これまで個別に研究されてきた環境会計の個別領域を統合的に研究する点で、重要な学術的特徴を持つ。 さらに、環境会計を実際に有効にするために、具体的な環境経営意思決定と結びつけて会計システムの設計を考える点に独創性がある。 これまで多くの環境会計手法が現実に有効に機能しなかったのは、具体的な意思決定に対する詳細な考察が欠落していたためと考えられるので、 本研究では従来の研究の問題を克服すべく、意思決定を中心に研究を進めるところが重要な特徴である。さらに、金額情報による会計システムだけでは、 環境と経済の両立は果たせないので、従来は工学的領域に属していた環境影響評価などの物量的な環境情報を会計システムの中へ統合しようとする点でも独自の価値を有する。
  本研究の結果、環境管理会計と環境財務会計が体系化されることによって、統合的な環境会計システムが構築されることが期待される。 また、企業内外において、環境経営意思決定を支援する環境会計手法を考案することによって、環境と経済の両立が促進されると予想される。 本研究では、企業やステイクホルダーの協力のもとで、その理論的成果が実際に適用可能かどうかを検証することにしており、 現実に有効性の高い手法が開発されると考えられる。本研究の成果として提出される予定の「環境経営意思決定を支援する環境会計システム」は、 環境と経済の両立を実現する社会経済システムの基盤システムとして機能することが期待される。
  さらに本研究の課題は日本固有のものではなく国際的に強く認識されているものであるため、海外の第一線の環境会計研究者が研究協力者として参画することで、 国際的な研究の推進と成果の展開を目指すことも重要な特徴である。

基盤(A)課題番号 21243031

環境研究総合推進費
アジア地域を含む
低炭素型
サプライチェーン
の構築と制度化
に関する研究
E-1106

日本会計研究学会・
特別委員会/
科学研究費基盤(A)

日本・ドイツ
共同研究
プロジェクト

持続可能な
グリーン
サプライチェーン
に関する
質問票調査

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