ベンチャーキャピタルハンドブック


著者名 忽那憲治 長谷川博和 山本一彦 編著
タイトル ベンチャーキャピタルハンドブック
出版社 中央経済社 2006年2月
価格 6000円 税別

書評

ベンチャーキャピタル(以下、VC)産業を理解することが、実践、研究、教育のいずれにおいても、以前とは比較にならないほど重要になってきている。

まず、実践面における重要性を考えることにしよう。急速な成長を志向するベンチャー企業にとって、外部からのリスクキャピタル(株主資本)の調達は不可欠な要素である。創業から短期間のうちに急成長を遂げた多くのベンチャー企業がVCからの出資を受け、新規株式公開(IPO)を実現することによって多額の成長資金の調達に成功している。マイクロソフト、インテル、アップル、シスコシステムズ、サンマイクロシステムズ、フェデラルエクスプレス、ジェネンテック、アムジェンなど、現在では世界を代表する大企業へと成長した、アメリカにおけるかつてのベンチャー企業は、すべてVCの投資先企業である。日本の新興企業向け3市場であるジャスダック、マザーズ、ヘラクレス(旧ナスダックジャパン)に新規株式公開を果たした企業においても、約80%がVCの投資先企業である。急成長企業の輩出においてVCは不可欠な構成要素となっており、株式公開を志向する起業家にとって、VC産業に関する深い知識を持っておくことが今日では欠かせなくなっている。

しかし、外部株主資本の導入においては、ベンチャー企業の企業価値評価(バリュエーション)をどのように行うのかという難しい問題があり、評価をめぐって起業家とベンチャーキャピタリストの間でしばしば見解の相違が生じる。大企業(公開企業)のバリュエーションとは異なり、成長初期段階にあるベンチャー企業(未公開企業)の評価には多数の難しい問題が存在する。伝統的な評価手法である割引キャッシュフロー法(DCF法)を採用するにも、ベンチャー企業の将来キャッシュフローの見積りが難しいことは容易に想像できよう。一方、割引率をいくらに設定すればいいのかという問題もある。ベンチャー企業のバリュエーションにおける最大の特徴は、投資家(VC)と起業家のバリュエーションは視点が大きく異なるということである。分散投資が可能な投資家に対して、起業家の場合、起業家自身が大半の資金を拠出し、しかも起業家のほぼすべての財産をベンチャー企業に投資しているようなフルコミットメントに近い状況にある。したがって、分散投資が可能な投資家と分散投資が困難な起業家の要求する収益率は異ならざるをえない。起業家には、ベンチャーキャピタリストの実践するバリュエーションの手法についての知識も必要とされる。

研究面においても、1980年代に入ってVC研究は急速な進展を見せている。大企業のファイナンスを基本的に対象とする「コーポレートファイナンス」と、起業家(アントレプレナー)のファイナンスを対象とする「アントレプレナーファイナンス」においては、多くの違いがある。投資家の経営への参加も大きな違いの1つである。ベンチャーキャピタリストは単に投資するだけではなく、投資先企業の経営にも参加し、自らの持分を売却できる方法(投資回収手段)を追及するとともに、持分の売却を議決できる持分比率を確保しようとする。また、起業家とベンチャーキャピタリストの間では入手できる情報が大きく異なり、情報の非対称性が大きいために、段階的投資や優先株の利用など、それを克服するためにさまざまな手法が用いられる。契約の重要性も特徴的である。アントレプレナーファイナンスにおいては、ストックオプションなどの前向きなインセンティブ契約と、起業家の行動を規制する抑制的なインセンティブ契約の両者を駆使する。こうした応用金融経済学としてのアントレプレナーファイナンスという研究領域は、情報の経済学や組織の経済学に依拠する研究者など、多くの研究者に対してチャレンジングなリサーチサイトを提供している。中小企業やアントレプレナーシップを対象としたジャーナルも数多く刊行され、VCに関する学術論文が多く発表されている。ファイナンス系、経営系、技術系のトップジャーナルにも、VCを対象とした論文が多く発表され、世界の多くの研究者がこのテーマに取り組むようになってきている。

教育面においても、銀行を中心とする間接金融システムに関する講義科目(例えば、金融論、金融機関論、銀行論など)に加えて、ベンチャー企業に対する資金供給システムとしての直接金融システムを対象とする講義科目(例えばベンチャーファイナンス論、ベンチャーキャピタル論など)が、多くの大学において設けられるようになってきている。学部、大学院、社会人大学院(MBA)でベンチャーファイナンスの講義を担当して感じることであるが、多くの学生がベンチャー企業やVC に関心を持つようになってきている。卒業論文や修士論文のテーマとして、VCに関するテーマを選択する学生も増えてきている。また、私のゼミ生の中にも、 VCやベンチャー企業に関わる会社に就職する学生が増えてきている。銀行の融資とVCの出資の相違点といった基礎的な知識の習得から始めて、VCを体系的に理解することが可能なテキストの必要性が高まっていると言える。

こうした実践、研究、教育の3つの領域における、VC産業の理解に対するニーズの高まりに答えることを目的として、本書は3部構成としている。第1部はVC 投資と研究の現状分析、第2部はVCの企業別分析、第3部はVCのテーマ別分析となっている。第1部では、まず第1章において、VCに関する基礎用語を説明した後、VC投資の現状について日米英を比較しながら概観する。VCについての基礎知識を習得したい読者は、まず第1章を読まれることをお奨めする。第 2章においては、主要ジャーナルに掲載された研究論文のサーベイを行い、VC研究の現状を概観している。卒業論文や修士論文でVCに関するテーマに取り組みたいと考えている読者は、第2章でVC研究の現状を把握し、創造的な論文を執筆するためのリサーチデザインの検討に役立てていただければと思う。第2部では、第3章から第11章において、ジャフコ、SBIホールディングス、エヌアイエフベンチャーズ、日本アジア投資、みずほキャピタル、中小企業投資育成、オリックスキャピタル、フューチャベンチャーキャピタル、グローバルベンチャーキャピタルの9社を取り上げ、各社の歴史や組織形態、投資行動の特徴などを利用可能なデータに基づいて分析している。わが国には多様なタイプのVCが存在し、各社の投資行動には大きな違いがあることを理解していただけるであろう。起業家にとって、自社の成長にとって適したVCを判断・選択するための指標となるであろう。第3部では、VC投資を理解するうえで重要なテーマとして、歴史と仕組み(第12章)、ハンズオン投資と段階的投資(第13章)、シンジケーション(第14章)、バリュエーション(第15章)、ロックアップ契約(第16章)の5つを取り上げ、詳細に分析している。

本書は、神戸大学大学院経営学研究科「21世紀COEプログラム(先端ビジネスシステムの研究開発教育拠点)」の研究成果の一部である。私の指導するゼミの学生(学部生、大学院生、社会人大学院生、研究生)を中心にして研究会を組織し、2004年4月から1年間、毎月1回研究会を開催してきた。2005年3 月には1次原稿が出そろい、その後約半年をかけて原稿の内容について議論し、推敲を重ねてきた。わが国のVCについて多様な視点から総合的に分析した書籍としては初めてではないかと思う。起業家、ベンチャーキャピタリスト、ベンチャー企業の支援担当者、ベンチャーファイナンスに関心のある学部学生、大学院生、社会人大学生などに是非読んでいただきたい。

目次

第1部 ベンチャーキャピタル投資と研究の現状
第1章 ベンチャーキャピタル投資の現状
第2章 ベンチャーキャピタル研究の現状

第2部 ベンチャーキャピタルの企業別分析
第3章 ジャフコ
第4章 SBIホールディングス
第5章 エヌアイエフベンチャーズ
第6章 日本アジア投資
第7章 みずほキャピタル
第8章  中小企業投資育成
第9章  オリックスキャピタル
第10章 フューチャーベンチャーキャピタル
第11章 グローバルベンチャーキャピタル

第3部  ベンチャーキャピタルのテーマ別分析
第12章 歴史と仕組み
第13章 ハンズオン投資と段階的投資
第14章 シンジケーション
第15章 バリュエーション
第16章 ロックアップ契約

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