組織変革のビジョン
著者名 | 金井壽宏 |
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タイトル | 組織変革のビジョン |
出版社 | 光文社新書 2004年8月 |
価格 | 720円 税別 |
書評
ながらくリーダーシップとキャリアに深い興味をもってきたので、いつか変化や変革にまつわる本を書きたいと思っていた。マネジメントのキーワードがある意味で「秩序」だとしたら、リーダーシップのキーワードをたった一つ選べと言われると、わたしは躊躇なく「変革」という言葉を選ぶ。
キャリアの研究もまた、ひとが長い期間の仕事生活を通じてキャリアをデザインするときには、実質的に節目でいかに自分の生き方、働き方を選ぶかという問題で、節目のキャリア・デザインをくぐるたびに、ひとは発達する。そういう意味では発達とは、変わることにほかならない。
かつて大阪ガスの元社長の大西正文さんは、「人間尊重の経営」という考え方と同等もしくはそれ以上に「人間成長の経営」という考え方を尊重された。だから、なかなかむつかしそうな、ひとの異動の許可を得るときにも、当時の人事担当の役員は、「ここに動かすと、彼、変わりますよ」と言ったものだった。われわれのおこなっている別の研究(『仕事で「一皮むける」』これも同じく光文社新書)でも、しばしば修羅場経験となるような変革経験は、くぐっているときには大変だが、リーダーシップ面でもひとが一皮むけるのに非常に有効だと検証されてきた。
リーダーシップの発揮もキャリア発達もともに変化にかかわっている。ところが現実はというと、組織が変わるのも、ひとが変わるというのも簡単ではない。一筋縄ではいかない。そこのところを、経営学のなかにおける組織行動論の立場から取り上げたのが本書だ。
本書で大事にした視点は三つある。第1は、「組織が変わる」というのは言葉の綾で、「組織のなかにおける大半の個人が変わらない限り、組織変革はない」という立場をとっている。だから、組織変革のプロセスにおける個人の心理的な問題を重視した。そのために、ミクロ(微視的)になったと言われそうだが、そのように個人の視点から組織を見ることが自分の持ち味だと思っている。第2は、変革ということを大事にすればするほど、どんなに変化するなかでも、個人も組織もキープすべき不動の基軸を大事にすることを目指した。基軸が不動・不変なので、しなやかに変わることができるというのが理想だ。変化という声ばかり聞いて、ちょっとヒステリックだと思っているひとには少しは救いになるような議論が含まれているだろう。第3は、組織のなかにおける大半の個人の発想や行動パターンが変わるという意味での組織変革において、確かに危機感は大事だけど、これだけだと心理的エネルギーがネガティブになることに留意した。つまり、変革が始まる契機としては危機感が重要であることは決して否定しないが、いったん始まった変革への企図を実現するためにとことんやりぬくためには、希望や勇気や元気といったポジティブな心理的エネルギーがいる。組織変革時に必要な危機感以上に、ビジョンを大事にしたいと思って書き進めた。ビジョンという言葉には、もうだまされ続けた、その言葉にはもうあきあきだというひとにも、ほんとうにビジュアルなビジョンとしてあるべき姿が具体的に描かれ、そこに至る道筋がシナリオ、ストーリー、変革のステップや道標として語られ、また、最初の第1歩がステップとして描かれていれば、そして、それをしっかりコミュニケーションすれば、ビジョンは決して絵に描いた餅ではない。この3点を心がけた書籍だが、タイトルは、この第3の点を前面に出して『組織変革のビジョン』とさせていただいた。
これと前後して、まもなくE.H.シャインの『企業文化』の訳書も出す予定になっているので、組織の大変革のときに、カルチャーという問題にどのように対処すればいいかを示す書籍として、あわせて手にしていただくと、組織の変革と組織の遺伝子のような不動のものについての理解が深まるはずだ。
目次
まえがき
プロローグ うちの会社も、どこの会社も
第 1 章 個人にとって組織とはなにか
第 2 章 なぜ組織変革が必要なのか
第 3 章 変革を動機づける
第 4 章 組織変革を拒むもの
第 5 章 組織変革のリーダーシップ
第 6 章 組織変革のビジョン
あとがき
参考文献