中国自動車産業におけるサプライチェーン・マネジメント(SCM)についての研究

要約

本研究の目的は、中国における日系自動車メーカーのサプライチェーン・マネジメント(Supply Chain Management:SCM)の実態を明らかにすることである。中国自動車産業では、欧米のフォルクスワーゲンやGM、日本の本田や日産などの外資系企業の市場参入によって熾烈な企業間競争が展開されている。2006年には、トヨタも日本や北米で高い競争力を持つ車種を投入し、本格的に中国市場へ参入する予定である。市場参入で先行している欧米自動車メーカーに対して、後発組である日系自動車メーカーが、どのように事業を展開し、企業間競争を繰り広げていくかについて、多くの関心を集めている。

本研究では、SCMという視点から、日系自動車メーカーの中国市場における事業展開について概観していく。具体的には、日系自動車メーカーの中でも、比較的早期から本格的に中国進出を開始した広州本田汽車の事例を中心として議論を行う。同社は、日本におけるSCMを含む事業戦略を中国でも推し進めようとしている。ただし、中国における自動車メーカーを取り巻く事業環境は、日本とは異なる部分が多い。広州本田は、どのような問題に直面しながら、日本型のSCMを展開しているのであろうか。事業環境の異なる中国では、日系自動車メーカーであっても、単純に従来の日本型SCMを展開すればよいとは限らず、現実的には現地市場に合わせたSCMを行わなければならないであろう。

これまで、自動車産業を対象とした研究には、日本国内外に関わらず、莫大な蓄積がある。分析の視点も、製品開発や生産管理、販売システムなど多岐にわたっている。近年では、物流に関する研究も数多く行われるようになった。また、市場の発展とともに中国を対象とした研究も多くの注目を集めるようになってきた。中国自動車全体の産業動向や実態把握などのマクロ的な研究から、日本的な生産システムや工場管理の国際移転の研究などの現場レベルについての焦点を絞った研究などが行われている。しかし、中国を対象とした日本型SCMの国際移転や適応に関する研究については、まだ初期段階の研究が多く、今後の大きな進展が期待される研究分野である。自動車メーカーや部品メーカーなどの日系企業が中国で成功を収めるためには、SCMに基づく効率的かつ革新的な部品調達プロセスを構築することではないかと考えられる。本研究では、日本の自動車メーカーのSCMの特徴と比較を行いながら、中国におけるSCMの展開の特徴について指摘している。研究方法としては、中国に進出している日系自動車メーカーである広州本田汽車と広州本田に部品を納入している数社の部品メーカーに対するインタビュー調査を行った。事例研究の結果、明らかになった要点は以下のとおりである。

本田は1982年に二輪車の技術提携という形で中国事業を開始した。二輪車の生産・販売を経て、1998年に、プジョーの撤退を契機として四輪車事業の市場参入を実現した。中国政府による小規模生産という制約の下で、広州本田は初期投資を最小限に抑えることによって、戦略車種である「アコード」に絞った事業展開を行った。欧米勢が圧倒的な市場シェアを占めていた中国市場において、広州本田は高品質のブランドイメージを構築し、進出当初の3万台から6年間で24万台体制に急速的に成長させた。近年では、欧米向けの輸出専用工場の新設と稼働、二輪車研究所の開設、武漢本田の設立などの事業を拡大させ、中国で手掛ける事業を着実に進めている。

広州本田の中国進出の特徴は以下の4点にまとめることができる。第1は、二輪車事業から四輪車事業への展開という2段階進出である。第2は、部品工場から四輪車の完成車工場への事業展開である。第3は、欧州自動車メーカーであるプジョーの工場を引き継ぎ、初期投資を最小限に抑えるとともに、進出リスクも最小化したことである。多額の投資を必要とする場合、失敗した場合のリスクも大きい。そういう意味で、当初は、中国自動車産業の見込みは必ずしも透明ではなかった。プジョーの撤退は本田の四輪進出に有利に働くこととなった。第4は、二輪車事業の中国での展開プロセスで蓄積されたノウハウを四輪車事業に活用したことである。また、中国における事業展開では、複数のパートナーを持つことが重要となるであろう。複数のパートナーを確保することにより、中国側のパートナー間の競争意識を高めることや、機会主義を低下させることによってリスク削減などの効果をねらう。

広州本田のSCMの特徴は、高品質の完成車生産を目指す審査を行った結果、日系部品メーカーを中心とする部品供給体制を構築していることである。それは、広州本田の中国進出の特徴と関連している。二輪車事業や部品工場の設立を先行して展開していたので、四輪車事業においても、二輪車生産で構築していたサプライヤーネットワークを活用することができた。また、既存の完成車工場を引き継いだことによって、エンジン工場に投資することができ、主要部品の内製が可能となり、当時は難しいとされていた現地調達率40%を達成したのである。投入車種も「アコード」の1車種に限定することによって、製品ラインの段取り替えや混流生産の必要性を抑え、非常に効率的な生産体制を築いた。品質レベルの高い日系部品メーカーを中心とした部品メーカーとの間で、生産プロセスの高度な連携を行い、同期的な生産システムを構築してきた。

しかし、2004年に入り、中国自動車市場が大きく変化してきた。消費者の買い控えなどによって、急激に拡大した市場の反動から来る需要の踊り場的な状況や、自動車メーカーの値下げ合戦やコスト削減競争、事前の生産計画と実際の需要との乖離に基づく在庫増大などが中国市場で初めて見受けられるようになった。広州本田も、アコードのモデルチェンジを1回行い、4~5年の間、安定した生産・販売を行っていたが、最近の中国市場は日本市場と同じようにワンモデルの寿命が短くなど、市場の変化が激しくなった。トヨタのカムリや日産のティアナも中国市場に投入され、北京現代のソナタもモデルチェンジが行われた。そのようなライバル自動車メーカーの動向が、これまでオーダー待ちがでるほど人気が高かったアコードに大きく影響する結果となった。自動車産業全体としても、コスト競争の行方が不透明となり、大きな変動期を迎えたという認識が高まった。また、広州本田自身も2月に生産規模を12万台から24万台に増大し、SCMに基づく部品調達や生産管理も変化している。このような競争環境の変化や生産規模の変化が、広州本田のSCMに与える影響は大きく、今後いかに変化に対応していくのかが注目される。

中国自動車産業の統計データによると、2005年の1月~10月の販売実績では、北京現代と広州本田が、販売実績を急増させている。日韓自動車メーカーが中国市場で高いシェアを維持してきた欧米自動車メーカーを追撃している。さらに、トヨタは中国で生産する「クラウン」、高所得者層を対象に展開する「レクサス」に加え、2006年から北米でビッグスリーの最大の対抗車となってきた「カムリ」を市場投入する予定である。同社は北米で展開したSCMを含む進出戦略を中国でも導入しようとする動きが見られる。同じ日系自動車メーカーであってもその進出の仕方やSCMの展開は広州本田とは異なっているかもしていない。今後は、トヨタの北米戦略と比較しながら、中国におけるSCMに基づく部品供給体制についても考察を行いたい。さらに、本田の中国におけるSCMとの相違を分析することによって、日本型SCMの特徴と企業ごとに異なる経営論理を明らかにしたい。

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高瑞紅

下野由貴

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