企業家の翻訳プロセス: アクター・ネットワーク理論における翻訳概念の拡張

要約

アクター・ネットワーク理論は、伝統的な技術と社会という二分法を避け、技術や人、社会制度などを同等なアクターであるという位置づけのもと、それらは互いに不可分なネットワークであるとする。このとき同等なものとして取り扱われるアクターは、近代的な人間主体を示す「アクター(actor)」ではない。人間主体のみならず物を含んだアクター・ネットワーク理論におけるアクターは、アクター自体が独立して本質的な特性を持つのではなく、お互いに不可分なネットワークに委任されて発揮される行為能力すなわち「エージェンシー(agency)」を持った「アクタント(actant)」という独自の概念規定がなされている。このような概念規定の他方で、アクター・ネットワーク理論はさまざまな誤解や批判を招いてきたのも確かである。それらの批判は、一部には上記のようなアクター・ネットワーク理論の概念規定がなぜ可能になるのかについて十分に理解されてこなかった(分かりにくかった)ということがあろう。また、このことに拍車をかけているのがアクター・ネットワーク理論の代表的業績で提示される具体的な分析事例が、必ずしも概念枠組みの有用性を明らかにしてこなかった(そのような回りくどい言い方をせずとも十分に説明できるものでしかなかった)ことが考えられる。本稿では、アクター・ネットワーク理論の独自な概念規定を支える翻訳概念に注目するとともに、先行研究では必ずしも明らかにされてこなかった理論的含意を、具体的な事例に即して検討する。

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松嶋登

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