企業価値評価と合併・買収に関する資本市場の影響分析
要約
本稿の目的は,企業の合併・買収情報の開示が企業価値評価に与える影響を分析することである。持株会社の解禁(1997年改正商法),株式交換・移転制度の導入(1999年改正商法),会社分割制度の導入(2000年改正商法),企業再編に関する適格税制の導入(2001年),さらには企業結合会計基準の公表(2003年)と,わが国の法律・税制・会計制度が欧米並みに整備されるに伴い,わが国企業の合併・買収件数は,1996年の589件から急増し,2007年には1,960件,公表金額11兆7,323億円と史上最高水準を記録している(出所:(株)レコフ・マールM&AデータCD-ROM)。この急増の背景は,法律・税制・会計制度の整備とともにデフレ経済下における金融ビッグバン以降の金融機関の不良債権処理と企業の財務状況の悪化という厳しい環境のもとで,企業は資金を直接資本市場から調達する必要性が増加し,これまで以上に株主価値の最大化に焦点をあてた経営が求められるようになったからである。ここでは,企業はより投資効率の高い事業に経営資源を集中する必要があり,コア事業強化とコア事業以外の縮小という「選択と集中」の経営が不可欠となる。この「選択と集中」を自社内で行う時間を短縮する有効な手段として,合併・買収および営業譲渡が近年顕著に行われようになったと一般的に評価されている。
近年において欧米で増加している投資ファンドによる合併・買収は,ここ数年でわが国においても顕著に増加している。投資ファンドが関わったわが国の合併・買収は,2001年の2,200億円強から,2005年には8,000億円強,2006年は半年で5,700億円と、過去最高のペースを記録している((株)トムソン・ファイナンシャル調べ)。ここでは,企業合併・買収を実施する当事者企業の経営者およびファンダメンタル分析を専門とする投資ファンド等の方が市場よりはるかに多くの情報を保有しており,より正確に企業価値を算定することによって市場を補完しているとも考えられる。このとき,米国の株式市場において,自社株が割高に評価されているときには,自社株を対価とした合併・買収を行う傾向があるという合併・買収アービトラージの研究成果を考慮すると,さきの合併・買収に対する一般的な評価に,新たな視点を提供できる可能性がある。
そこで本稿は,企業合併・買収を内在価値と市場価格の差に着目した合併・買収アービトラージの観点から,短期および長期の株価パフォーマンスを検証するために,先行研究をレビューする。ここでは,企業価値評価モデルのうち代表的な自己資本簿価と当期純利益を利用した残余利益モデル(Residual Income Model; RIM)と当期純利益とその成長予想を取り込んだOhlson and Juettner-Nauroth (2005) モデル(OJモデル)による企業価値の算定に着目し,主に企業の内在価値の推定と株価パフォーマンス,および企業合併・買収情報の開示と株価パフォーマンスについての先行研究をレビューする。
本稿の構成はつぎの通りである。第2節では,企業合併・買収と株価形成に関する先行研究を,短期のイベント・スタディと長期の株価パフォーマンスの検定それぞれについてレビューする。第3節では,企業評価モデルと株価パフォーマンスの先行研究をレビューするとともに,RIMとOJモデルのパフォーマンス評価についての先行研究をレビューする。第4節では,企業合併・買収の経済的効果について検討するとともに,企業合併・買収においてどのような要因が株価パフォーマンスに影響するかを考察することを通して,短期および長期の株価パフォーマンスの検証を行うときの分析視点を提供する。
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島田佳憲 |
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