米国低費用航空会社の競争行動と市場成果:企業別消費者余剰効果と総余剰の計測

要約

本稿は米国の複占あるいは寡占航空市場に,低費用航空会社(LCC)が参入し競争を行った場合の市場成果を計量経済学的手法で分析している.本稿における市場成果とは消費者余剰ならびに総余剰である.最も着目した点は,個別のLCCがどのような余剰効果をもたらしたかを明らかにすることである.
LCCの参入の市場へのインパクトに関する研究に関しては,90年代後半から今日に至るまですでにいくつか行われてきている. Dresner et al (1996)は市場成果を需要および価格関数に導入したダミー変数のパラメータから,低費用参入が市場の運賃水準を引き下げるとともに,需要を増加させる効果を持ち,かつ複数社参入による,更なる運賃低下効果を持つことを明らかにしている.Hofer et al.(2008)はLCCのプライス・プレミアム(価格費用マージンに近い概念)は低く,かつLCCと競合する航空会社のそれも低くなることを実証している.またPitfield(2005)およびLCC参入後の運賃の変動を時系列分析により明らかにしている.一方で,Morrison(2001)あるいはPitfield(2008)は,統計的実証に耐えうるだけの十分なサンプル数を持つサウスウエスト航空の参入の経済効果に着目し,同社の参入が消費者余剰を増加させることを明らかにしている.
また,拙稿(2006)は市場成果の尺度として消費者余剰を取り上げ,LCC参入による消費者余剰増加効果の時間的な推移に着目し,米国のLCCの参入後消費者余剰が安定的に増加する場合と,運賃が修復されて消費者余剰が参入以前よりも損なわれる場合が存在することを確認している.更にMurakami(Forthcoming)は市場成果を総余剰とし,日本のLCCの参入後の総余剰および推測的変動の経年変化を明らかにし,いくつかの路線で総余剰が増加するものの,運賃修復により消費者余剰のみが損なわれる場合(総余剰の増減は不明)なケースと,消費者余剰が減少するとともに航空会社も利益を上げることができず,総余剰が減少してしまうケースも存在することを明らかにしている.
米国の研究に関して言えば,現在のところLCC参入により一時的に消費者余剰が増加すること,サウスウエストの参入は継続的な消費者余剰の増加をもたらすこと,及び複数社参入によるより大きな経済的インパクトがある,というところまで研究が進んでいる.今後進むべき方向は,消費者余剰のみならず企業の利潤を合計した総余剰の大きさ,ならびにその経年変化を明らかにすることであると思われる.既にMurakami(2008)は,1998年の横断面データを用いて,路線別に米国航空市場におけるLCC参入の総余剰へのインパクトを明らかにしているので,本稿では同じデータを用いて,上で述べたように,個別LCCの参入が消費者余剰にどのようなインパクトを与えたかを分析した上で,競争による企業の利潤を付加し,総余剰の変化を分析する.既に述べたように,サンプル数が豊富なサウスウエスト航空に関する研究は存在するけれども,それ以外の個別LCCの参入の余剰効果についてはいまだ明らかにされていない.この点に関して,以下で分析を進める.

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村上英樹

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