四半期財務諸表に基づく損益分岐点推定の信頼性
要約
営業利益で計測した企業業績の不確実性リスクの決定要因の1つである営業レバレッジの大きさを推定するには、損益分岐点を特定するために営業費用を変動費と固定費に区分する作業が不可欠である。この作業を行う方法として費目別法、総費用法、および最小2乗法という3通りの方法が考案されてきた。
このうち費目別法は、製造原価明細書が連結財務諸表に含まれないため、一部の業種を除いて連結ベースでこれを適用することはできない。他方、総費用法および最小2乗法は、複数の年度にまたがる時系列データを利用するがゆえに、組織再編等に伴う固定費の変化額を誤って変動費として推定しがちであるという弱点を有することが指摘されてきた。ただしこの欠陥は、分析者が利用するデータを年次データから四半期データに変えることにより、改善することが期待できる。
そこで本研究は、四半期財務諸表の公表制度により入手可能になった2008年4-6月期から2010年1-3月期の8四半期のデータを用いて、達成可能な改善の程度を実証的に試算した。本研究の主要な発見事項は次の2点である。
第1に、年次データによる総費用法からの推定値は不適切な場合が多く、四半期データに変えても少しの改善しか期待できないが、隣接する7組の四半期データから総費用法で算定された推定値の中央値を採用すれば、良好な推定値として利用できる可能性が高い。
第2に、最小2乗法による推定値は、5個の年次データから8個の四半期データを利用する方法へ変えることにより、大きく改善される。当期末までの2年分の四半期データに基づく最小2乗法は、企業外部者が企業集団の営業費用を変動費と固定費に区分するための最も優れた方法であると評価することができる。
ただしこの評価は、推定値の論理的な正常性を判断基準とした暫定的な評価である。この暫定的評価の妥当性は、推定された変動費と固定費の区分から損益分岐点を通じて算定される営業レバレッジと、株価形成に反映された自己資本コストの間の関連性の調査を通じて、最終的に確認する必要がある。そのためには、営業レバレッジとともに自己資本コストに影響を及ぼしているであろう他の2要因、すなわち景気変動に伴う売上高の変動性の程度や、自己資本と他人資本の構成割合から規定される財務レバレッジもあわせて調査する必要がある。
[付記] 本稿は科学研究費補助金(基盤研究C,課題番号22530479)による研究成果の
一部である。
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櫻井久勝 小野慎一郎 |
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