組織的環境適応と戦略経営論の深化:イゴール・H.アンソフ『戦略経営の実践原理』(1984=1990)

要約

本稿では、イゴール・H・アンソフによって残された代表的著作である『企業戦略』、『戦略経営』に続き、『戦略経営の実践原理』(1984=1990)(以下『実践原理』)を検討する 。本書は、戦略的意思決定を支援する決定ルールないしガイドラインの開発という、経営戦略論の本質的立場に立ち戻り、それ以前の議論を総括したものである。そのためもあって、アンソフの全著作を通じて最も分厚く、500頁を超える大著である。開くだけでも躊躇してしまう。他方、既にアンソフはミンツバーグによって痛烈な批判が下されている。アンソフ以降、経営戦略論には、多くの著名な学者が名を連ねている。なにも今さら、古くて分厚い『実践原理』を読み込むまでもないと、そっと本を閉じてしまうかもしれない。
しかし、少し待って欲しい。アンソフに続く各種の戦略概念に、我々は「学問として経営戦略を探求することはどういうことなのか」を読み解くことはできるだろうか。今や多様な理論的背景のもとで語られるようになった戦略概念に、学問としての体系性を見出すことは難しくなった。もっとはっきり言えば、なかには「それって経営戦略論なの?」という疑問が残る議論も多い。
本稿は、二つのパーツに分かれる。ひとつは、ミンツバーグがアンソフを批判して以降、発展してきた行動重視の戦略概念の再検討である。ミンツバーグによるアンソフ批判は、第四章で詳しく論じられるが、本章では彼の批判の骨子である「イノベーションを伴う戦略の制度化」に対する所説を、批判的に再検討してみたい。その上で、ミンツバーグによる行動重視の戦略概念を、理論的に精緻化するかたちで引き継いだ、「実践としての戦略(strategy as practice)」に注目する。これらの先端的な経営戦略論を、その課題を含めて検討しておくことは、改めてアンソフが目指した、学問として経営戦略論を探究することの本質を確認するための出発点になる。
もうひとつは、アンソフが目指した経営戦略論に従って、企業の多角化に議論の焦点を限定した『企業戦略』から、より一般的な枠組みへ拡張された『実践原理』を読み直してみたい。もちろん、初期の議論からリニューアルされたと言っても、既に三〇年あまり経つ議論である。全てが斬新な知見というより、既に企業に取り入れられてきたものも含まれる。しかし、本稿を通じて考えて欲しいのは、個別の戦略ツールそれ自体の斬新さではなく、戦略的意思決定を支援する決定ルールやガイドラインの開発という、処方的知見を学問的な探求の成果に置いた経営戦略論の本質である。

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松嶋登

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