組織ルーティン研究における社会物質性の視座: スポーツ・トレーニング組織の比較分析

2019・16

要約

本論文の目的は,組織ルーティン研究における物質的転回(material turn)を社会物質性の観点から批判的に検討することである。

組織ルーティンは集団の反復的な相互作用として誤解されることも多いが,嚆矢となったカーネギー学派の含意を踏まえれば,行為そのものではなく意思決定前提として捉えるべき概念である。それゆえ,組織ルーティンを参照した実践には多様性が見られ,近年ではこれを経験的に把握することが組織ルーティン研究のアジェンダとされてきた。こうした展開に一石を投じたのがD’Adderio(2008; 2011)である。彼女は既存研究が多様な実践を生み出す行為者のエージェンシーを過度に強調している点を問題視し,組織ルーティンは人工物に刻み込まれる(inscription)ことで実践をルーティン化させるとして,人工物を分析基点に据える物質的転回を主張した。

だが,D’Adderioの議論には物質的転回というには未だ十分に検討されていない論点が残されている。特に,彼女が依拠したアクター・ネットワーク理論や市場の社会学は「フラットな存在論」を想定しているため,本来,解明されるべき実践のルーティン化に関するメカニズムが,異種混淆的なネットワークの中で溶解されるという問題を抱えている。実際に彼女の分析事例を見ても,人工物を利用した統制を試みる設計者の実践とそれに対抗する利用者の実践しか描かれておらず,実践のルーティン化に関するメカニズムが明らかにされたわけではない。そこで本論文では,技術研究における社会物質性の議論を手掛かりに,このメカニズムを捉える分析アプローチを検討した。具体的には,人間と物質を分析的に区別し,両者が互いに因果的に関係することで技術が機能するメカニズムを明らかにする分析的二元論(Archer, 1995; Leonardi, 2013)の立場から,組織ルーティン研究における物質的転回の道筋を示した。

この点を踏まえ,事例分析ではスポーツ・トレーニング組織の比較を通じて,物的構造(物質としての人工物とその配置)と組織ルーティンの遂行性との関係を明らかにした。調査ではまず,監督の不在時にあらかじめ計画されたトレーニング内容(組織ルーティン)が遂行されるかどうかをクラブ間で比較し,トレーニングの遂行性が高いクラブと低いクラブに分類した。この方法は「監視されていない状況でも人々が規則に従うとき,その背後に何らかのメカニズムが存在する」という批判的実在論の存在論的想定(O’Mahoney and Vincent, 2014)に従ったものである。分析の結果,トレーニングの遂行性が高いクラブでは多種多様な人工物が利用されており,物的構造が組織ルーティンの遂行性に大きく関わっていることが明らかとなった。さらに,物的構造は部員のトレーニングのみならず,監督の指導の前提にもなっていた。すなわち,人工物を用いるクラブでは,その使い方に関する指導が競技能力の指導に先立って実施され,物的構造が指導方法を生成し,指導方法がトレーニングの内化を促していた。以上のことから,組織ルーティンの遂行性は先在する物的構造と人々の相互作用が折り重なって生じる社会物質的な現象として把握すべきものであると考えられる。

このことは裏を返せば,物的構造や相互作用のデザイン次第で,組織ルーティンの遂行性の向上が見込まれることを示唆している。Leonardi and Rodriguez-Lluesma(2012)が述べるように,社会物質性の議論の背景には,組織プロセスを改善するための知見を生み出すために,一見もつれている(entangled)ように見える社会と物質をあえて要素還元的に分解し,個々の要素に働きかけることで組織の実践を変化させるというデザイン志向がある。本論文では一部のクラブを対象に予備的な考察を試みたものの,この観点から事例分析を行ったわけではないため,今後の課題としたい。

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筈井 俊輔

吉野 直人

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