安全文化からセンスメイキングへ: Weick and Sutcliffe理論の変遷に見る高信頼性組織のエッセンス
2019・19
要約
本論文の目的は,Karl E. WeickとCathleen M. Sutcliffeの主著『Managing the Unexpected』とその周辺の議論を手掛かりに,Weick and Sutcliffe理論における高信頼性組織のエッセンスを検討することである。本書はこれまで3度にわたって改版されており(2001年に初版,2007年に第2版,2015年に第3版が発刊),今では高信頼性組織研究の金字塔の1つに位置づけられている。その理由としては,高信頼性組織の行動特性として帰納された5つの原則や安全文化といった考え方が,高リスク組織のマネジメントの指針として浸透していったことが挙げられる。
しかしながら本論文では,こうしたわかりやすいメッセージに隠れて見過ごされてきた論点,具体的には,理論的な支柱が安全文化からセンスメイキングへと移り変わった点に注目する。文化という言葉には価値観の共有を通じて組織が一枚岩になるイメージが付きまとうため,安全文化の形成が高い信頼性に直結するかのような誤解を招きやすい。だが実際には,文化にはコンフリクトをも孕む多様な実践を生み出す差異化作用があるため,安全文化と信頼性の関係はそれほど短絡的ではない。
そこで重要となるのが,不測の事態に際して既存のルーティンや行為のレパートリーを組み替えるセンスメイキングである。Weickは高信頼性組織を「ミクロレベルでは柔軟なのに対して,マクロレベルでは比較的安定しているため,システム全体の失敗を経験しない組織」と言い表した。これが意味するのは,高信頼性組織は認知の次元では5つの原則のような安定した表象を持つ一方で,行動の次元ではセンスメイキングに駆動された多様な実践が展開され,それが想定外の事態への対応を可能にしているという事実である。WeickとSutcliffeが安全文化というマジックワードを退けるようになったのは,このような高信頼性組織のエッセンスを前景化するためだったと考えられる。
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杉原 大輔 吉野 直人 |
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