プレイフル・ラーニング ワークショップの源流と学びの未来
著者名 | 上田信行 中原淳 編著 金井壽宏(第3章) |
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タイトル | プレイフル・ラーニング ワークショップの源流と学びの未来 |
出版社 | 中央経済社 2013年1月 |
価格 | 2500円 税別 |
書評
経営学を学んでいる途上で、ダグラス・マクレガーの『企業の人間的側面』に出会えば、働くことはおもしろくないし、自ら進んで働くこともない、だから、アメやムチで働いてもらうしかないという考え(X理論)と、ひとは、働くこと自体に喜びを感じるし、意味の感じられる仕事なら、自ら進んで仕事をするものだという考え(Y理論)がある、という説を学ぶことになる。このX理論、Y理論は、マクレガーが学者として構築した理論というように解釈するよりも、働いているひとたち、とりわけ部下をもつ管理職のひとたちとの多数の接触機会から彼が解読した、実践家、とりわけ管理職の抱くセオリー(アージリスがいう使用中の理論、わたしがいう持論)である。
教育の世界の学習論に、X理論とY理論に対応する提唱者がいるわけではないが、勉強なんか面白いわけがないので、むりやり机に向かわせないと勉強などしないという考え(X理論に対応する考え)と、これまでわからなかったことがわかる嬉しさ、できないことができる喜び、ひとりではできないことを他の仲間(自分よりちょっとできるひとの助けを借りて)となら実現できるという楽しさを感じる、ということが学びの世界であるという考え(Y理論に対応する考え)がある。
そして、ちょうど経営学でダグラス・マクレガーが、管理者はモティベーションについて持論をもつと提唱したのと同様に、教育学においてキャロル・ドゥウェックは、子どもたちも、自分ががんばれる理由について持論をもっていると指摘し、子どもなりに抱く知能観やモティベーション観をセルフセオリーと呼んだ。
さて、本書の著者の上田信行先生(以下、上田さんと表記させていただきます)は、ハーバード大学とMITで、楽しく学べるはずだという視点を、セサミストリートの制作者たちと、この番組を支えた最新の教育学にふれて、ハーバードから学位を取得された。世の中にこんなに楽しい学びのイベントをプロデュースできる方がおられるのかと、そのイベントの場では、感動させてくれ、そして終わったあとも、ずっと続く気づきを残してくれるすばらしい教育学者で認知心理学者だ。わたしには、冒頭で紹介した、キャロル・ドゥウェックが上田さんのお師匠さん(博士論文の指導と審査の委員のひとり)であることが非常に興味深く思えた。これは、自分の原体験とも重なり合い、いっそう遊ぶように楽しく学ぶ、という上田さんの思考に多いに啓発された。MITにいたダグラス・マクレガーがハーバード大学の社会関係学部のゴードン・オルポートの推薦で、若き日のエドガー・H.シャイン(わたしの恩師のひとり)をMITスローンスクールに招き入れた。そのシャインは、大人になってからも、OD(組織行動)の場で、ともに学び、気づき、職場や組織が変わっていくというプロセスをデザインする介入技法(プロセス・コンサルテーション)を開発し、学び、変わり、気づくことは、個人にとっても、集団にとっても、組織にとっても成長や発達にかかわることを明らかにした。
わたしの共著者でもあり共に学び合うことも多い研究仲間の中原淳さんという絶妙な聞き手を前に、上田さんが、ご自分の学びの学がどのように学ばれたかを、解きほぐしていくのがこの書籍のミッションのひとつである。
いくつになっても、楽しく学びたい、そのために、「プレイフル・ラーニング」(楽しみいっぱいの学習)を知りたいという方々に、最先端の教育工学や認知心理学を踏まえた、非常に特徴のある書籍が、本書である。
さて、わたしは上田さんと中原さんがコラボレーションをして実現された、UnConferenceと名付けられたPlayful Learningの実践の時空間??吉野にある上田さんが情熱を注いでつくりあげたネオミュージアム(一回限りのイベントを転じするミュージアム)にて1泊2日のイベントに参加させてもらった。この年齢(野暮なので何歳か書かないが)になっても、人生観がいい意味で、よい形でゆすぶられ、変わっていくと、深いレベルで実感できた学びの場に、参加させていただいた。このかけがえのない2日間の経験が、お開きになった後、余韻に包まれた状況のなかで、吉野の竹林院というすばらしい宿で、上田さんと(わたしを上田さんの世界にいざなってくれた)中原さんと対談させていただく機会をもたせてもらった。その結果もこの書籍に、鼎談として掲載されているので、この書評欄にとりあげさせてもらった。
プレイフル・ラーニングの真骨頂は、上田さんがプロデュースされる場に出て五感で味合わないと芯から理解はできないであろう。しかし、この貴重な書籍が出版されたおかげで、楽しくの学ぶという意味、しかけ、それを支える理論、その実例としてのUnConferenceについて学ぶことができる。ぜひ、企業などの組織において人材開発に携わる方、組織開発に興味を持たれる方、大人になってからの学びについて真剣に考えたいと思われる方にお奨めしたい。
- 目次
プロローグ プレイフル・ラーニングの旅へ出かけよう 中原淳
第1章 プレイフル・ラーニングの旅 上田信行 navigated by 中原淳
01 1970年代の学びのデザイン 「教えることのデザイン」
●「あの頃、ギターがパソコンだった!?」プレイフルの原点
●「道を究める」求道的ラーニングの時代
●「教育って楽しくてもいいんだ!」セサミストリートとの出会い
●セサミストリートのスタジオで「ワークショップの原点」に触れる
●世界一贅沢な!? ハーバード大学の授業
●「セサミストリート」が大成功した秘密
●制作プロセスそのものがワークショップ
●評価できなければ教育じゃない!?
●NHK「おかあさんといっしょ」とセサミストリート
◇1970年代の学びのデザインを振り返る
効率的かつ魅力的に知識を伝達するためのデザイン
教授設計理論
人間はからっぽな容器!?
教育番組「セサミストリート」
☆「1970年代の学びのデザイン」とプレイフル・ラーニングとのかかわり
02 1980年代の学びのデザイン 「学びに没頭する環境のデザイン」
●始まる前からゴールが決まっている授業なんて面白くない!
●コンピュータが教育を変える!?
●僕がやりたかったのは、「学習環境」だ!
●ボストン・チルドレンズ・ミュージアム「don’t touchからplease touchへ」
●「ものの見方」が「やる気」を変える!?
●面白ければ「やる気」は出る
●日本の子どもは中学1年で、固定的知能観へ変わる!?
◇1980年代の学びのデザインを振り返る
「教授」から「構成」へ
ピアジェの構成主義とパパートの構築主義
学習環境
動機論
☆「1980年代の学びのデザイン」とプレイフル・ラーニングとのかかわり
03 1990年代の学びのデザイン 「他者とのつながりと空間のデザイン」
●明日の可能性をひらいていく他者の存在
●教えないピアノ教室LMT
●ステージが学びを広げる
●プライベートミュージアム構想
●展示事のミュージアムをつくろう
●ネオミュージアム建設
◇1990年代の学びのデザインを振り返る
「学習環境」の拡張、ヴィゴツキーの再評価
ヴィゴツキーの理論「発達の最近接領域」
コミュニティの中で学ぶ、協調して学ぶ
学習における真正性
☆「1990年代の学びのデザイン」とプレイフル・ラーニングとのかかわり
04 プレイフル・ラーニングの実践
●人力コンピュータ実験 Human-Powered Computing Experiment 1993
●ラーニング・デザインへの挑戦
●メディアとしてのcube
●展覧会という名のカンファレンス
●ワークショップルームのあるマンション
◇プレイフル・ラーニングの実践を振り返る
モード2の科学
第2章 プレイフル・ラーニングへようこそ 経験のREMIX nconference@neomuseum ルポreported by 井上佐保子
●始まりは1通のメールから
●人は動きながら語り合う
●名札づくりを通して自分を表現
●オープングリッド
●新しいスタイルのカンファレンス
●何が起こるかわからない…脱予定調和
●女子大生からのおもてなし
●祝祭のはじまりは22時のロッケンロール
●そして前夜祭はつづく…
●舞台としてのネオミュージアム
●プロトタイプ、リファイン! プロトタイプ、リファイン!
●語り合うためのデザイン
●つながりのデザイン、振り返りのデザイン
●「ハナシタイコト」を話し、「キキタイコト」を聞くアンカンファレンス
●1人1人の体験を共通体験にするリフレクション・ムービー
●終わらないアンカンファレンス
Column 1 リアルタイム・ドキュメンテーション 曽和具之
Column 2 「予定調和を超える場づくり」の系譜とその特徴 舘野泰一
Column 3 学びを触発するディバイスのデザイン 三宅由莉
第3章 プレイフル・ラーニング 旅のあとさき
経験のREMIX unconference@neomuseumを振り返って
鼎談 金井壽宏×上田信行×中原淳
●真剣に学び、真剣に遊ぶ
●「遊び」とは人々が動いているさま
●ワークショップと日常
●ネオミュージアム
●セオリーは自分でつくる
●学びはアウトプット
●アイスブレイクと言わずに氷を解かす
●振り切る勇気と思い切り
●ワークショップ・デザインで本当に大切なこと
●アンカンファレンス
●祝祭と日常 ハレとケ
エピローグ プレイフル・ラーニングの旅はつづく
プレイフルに、リスキーにいこう!── 問いに生き続けることを願って 中原淳
旅の原動力は「憧れ」 上田信行