クリエイティブ人事 個人を伸ばす、チームを活かす

著者名 曽山 哲人 金井壽宏 著
タイトル クリエイティブ人事 個人を伸ばす、チームを活かす
出版社 光文社 2014年7月
価格 760円 税別

書評

ビジネスの世界で成功するには、とりわけ起業するひとには、創造性が必要でしょう。思えば、「キャリア・アンカーと特定の職業や職種とのマッチングはない」といったエドガー・H.シャインMIT名誉教授でさえ、起業するひとは、創造性をアンカーにしている傾向があると指摘しました。ここで、キャリア・アンカーとは、長いキャリアを歩むうえでどうしてもこれだけは犠牲にしたくないという拠り所のことを言います。

シャイン門下として、わたしもまた、リーダーシップ開発と併せて、キャリア発達を自分の専門分野のテーマのひとつとしてきました。そのおかげもあって、これまで、研究目的のインタビューの場で、あるいは受講生とインターラクティブに接することができる研修の場で、いろんなひとのキャリアの話を聞かせていただきました。「この方のキャリア・アンカーはどこになるのかな」と推測しようとしている自分に気付くことがよくあります。

会社には、いろんな職能分野があり、いろんなタイプのひとがいます。わたしが注目したいのは、創造的な仕事ができるひとの特徴ですが、部門によっては創造性が発揮しづらいと思われがちなところもあります。会社のなかの職能分野?技術(研究所)、生産(工場)、営業、財務、経理、人事?を思い浮かべてください。一方で、技術でも、生産でも、営業でも、絶えざる変革・改善やイノベーションが肝心であるのに対して、財務・経理、人事などの管理部門では、(ころころと経理・人事の仕組みが変わると困る、あるいは不公平が起こるので)継続性が信頼の鍵となります。つまり、管理部門では、仕事のやり方をころころ変えないことがポイントとなります。

たとえば、財務・経理については、一般に認められた会計原則で決算をするので、利害関係者がその数字を信じてくれるのです。この分野で、いたずらに創造性を発揮して工夫することは御法度でしょう。「創造的会計(creative accounting)」というフレーズは、粉飾決算を指す絶妙な婉曲表現にほかなりません。数字を勝手に創造してはいけないのです。他方で、ここで紹介する『クリエイティブ人事』という書籍がとりあげた人事という職能分野もまた、会社で働くひとの公平、公正を重んじるばかり、ついつい「いたずらに変えないこと」「継続すること」のほうが重んじられ、新たな実験や工夫・創造が乏しくなりがちな分野です。継続性、公平性の名のもとに、他の部門には、「変革の時代なので変われ!」と叫びながら、また、そのための人事制度改革や変革型リーダー育成プログラムを実施したりしながらも、自部門、つまり人事部という部門そのものは大きく変わって来なかったりします。そのため、「他部門には変われという人事が、いちばん変わってこなかった」と揶揄されることさえあると聞いたことがあります。

しかしその気になれば、人事でも多種多様な工夫が可能であること、「クリエイティブな人事」というものがありえることを示した企業があります。たとえば、ひとにかかわるビジネスを営んできた草創期のリクルートには、そういうところがあったように思えます。働くひとの元気と創造を重視した古典的事例のひとつと言えるでしょう。クリエイティブな人事という観点から、最近の事例として興味深い会社は、どこにどのような形で存在するのか、気に掛けている方々も多いことでしょう。そのような方々に注目されつつある会社のひとつが、サイバーエージェントであり、本書で紹介した15通りものユニークな人事施策を創造し実施してきた興味深い会社です。

本書は、サイバーエージェントにおいて、同社の創業者をはじめとするビジネスのリーダーたちと対話し、共同しながら、ビジネスに資する人事制度をどんどん生み出してきた同社の人事担当役員、曽山哲人さんの語りから成り立っています。聞き手として、わたしは、制度の中身だけでなく、制度の基盤にあるスピリットもしっかりと聞かせてもらうことに留意しました。サイバーエージェントにユニークな人事制度の狙いがどこにあり、その制度に創造的な工夫がどのように織り込まれているのか、それが、この会社のビジネスに、とりわけニュービジネスの創造に対してどのように貢献しているのかについて、直接お聞きできたことは幸せで新鮮な経験でした。

本書を読み始める際には、先にサイバーエージェントに特有な人事制度が15とおりもあると述べましたが、それらを32-35頁に要約していますので、まずは、目次とあわせて、その箇所に目を通してから、読み進めていただき、どれかがヒントになり、読者の皆さんの会社でも人事のイノベーションが生まれたら、共著者として望外の喜びです。

    目次

    はじめに
    序 章 顧客価値を実現するサービス・イノベーション
    第一章 ベンチャーに「人事本部」が生まれるとき
    第二章 コミュニケーション・エンジン―― 矛盾の中に解を見出す
    第三章 個人と組織が成長する仕組み
    第四章 進化する人事
    第五章 人事クリエイターの旅
    あとがき