ひと皮むけるためのあったかい仕事力相談室
著者名 | 金井壽宏 |
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タイトル | ひと皮むけるためのあったかい仕事力相談室 |
出版社 | 千倉書房 2006年3月 |
価格 | 1200円 税別 |
書評
本書は、軽い本のように見えますが、キャリアについて真剣な問いかけを扱っています。キャリアについて迷う、戸惑う生の声を120名ばかりの方々からお聞きし、そこでよく聞かれた問いに対して、最新の経営学におけるキャリア研究の成果をふまえれば、どのような視点からアドバイスができそうかを探った本です。読みやすさを目指して、出版社がいろんな工夫をしてくれました。たとえば、ページレイアウト、イラスト、コラムなど。こうやって、ふつうとちょっと違う本、わたしにとっては、古くは『ウルトラマン研究序説』、最近では『踊る大捜査線に学ぶ組織論』を書いたりすると、面白プロジェクトだけど、どういうつもりでそういう本を書いているのか、また、そもそもそれを経営学者としてやっているのはなぜなのか、あらためて考えてしまいます。
経営学を大学で研究・教育していますというと、よく言われるのが、「経営者のための学問なのですか」とか、「経営のことがわかっているのですか」という感想のような、問いのような言葉です。経営戦略の大家なら、どちらの問いにも、イエスと答えられるでしょうが、わたしの場合、くったくなくそう答えることができません。でも、会社で働くひとに役立つ経営学を創りたいという強い意欲はあります。考えてみると、新人でも、ミドルでも、経営者でも、それぞれが働く個人です。社長にまでなるひとも、もとは新人で、ある時期はミドルです。経営学のなかでも、わたしが扱っているような分野は、経営者だけのために研究しているわけではなく、経営者も含め、働くひとりひとりの人間問題を扱っている分野があり、それが、組織のなかの人間行動(略称で、組織行動)というミクロの分野です。経営学という傘の下で組織行動を専門に研究・教育していますが、それは、必ずしも経営のことがわかっているからではなく、人間の発想や行動、その協同する姿に深い興味があるからです。ひとの行動に興味があるのに、それを文学部の心理学や人間科学部でなく、経営学部・経営学研究科に属しておこなっているのは、大半のひとが大半の時間の行動をとる場所が、成人にとっては、働いている限り、会社だからです。だから、そのようなニュアンスで、モティベーションやリーダーシップやキャリアなどといったテーマを研究・教育しています。
たとえば、一見するとマクロの、経営戦略や組織変革でも、戦略をつくり実施するのはひとであり、組織が変わるというのは言葉のあやで、結局は、組織にいる大半のひとの発想や行動が変わるから組織が変わるのだという意味では、組織行動が重なってきます。また、人材マネジメントや管理会計などの制度の話をしていても、それで働くひとのモティベーションがどう変わるという問題は、組織行動の問題となります。ですから、マクロを支えるミクロという視点もあります。キャリアは、個人にとっても、経営にとっても、また、社会にとっても、重要な問題となってきました。多くのひとが、いろんな疑問をもって、それと格闘しているようなところがあります。それは、まず出発点においては、ひとりひとりの語りで、ミクロです。
確かに、長期的なキャリアというと、そのひとの生涯とほぼオーバーラップしますから、キャリアの研究のためにインタビューをしていますと、ほぼ個人の生活史(ライフ・ヒストリー)の物語を聞いているようなところがあります。しかし、ひとりひとりがどのようなキャリアを歩むかが、つまるところ、会社の元気、引いては国の元気にまで関わってきます。そして大きなシステムの元気の源泉がやはり個人にあるので、この本での問いかけは、ひとりひとりの個人がもつ素朴なキャリアにまつわる疑問です。
これまでキャリアの書籍をたくさん書いたり、翻訳したりしてきましたので、働くひとりひとりがよくとまどう実際の問いに、一度、直面してみたいという気持ちがありました。応用学問である経営学として組織行動を探求していますので、現実に役立つ研究でありたいという強い希望がいつもあります。そこで、これまでのキャリアについての内外の研究と自分の研究も踏まえつつ、人びとがキャリアについて抱く疑問を解きほぐす試みが本書です。解答がひとつあるわけではないので、問いに正解で答えるというよりは、キャリアにまつわるいろんな問いに答えてみようとした試みです。
若いひとにも、読みやすくするために、さきにもふれましたとおり、出版社の千倉書房の方々は、いろんな工夫をしてくださいました(本学の小川 進さんの『ドクター・オガワに会にいこう』と同じのりで、イラストやページレイアウトでいろんな実験的取り組みをしてくれました)。それがどの程度成功しているかどうかは、読んでいただいたひとの声を聞かないとわかりません。偉そうに問いに答えるという姿はとれないと思ったので、その点は書きながら注意しました。でも、できあがると、できあいの答えを見つける(そういうものはない)のでなく、自分のキャリアのことを自分で考える出発点になれば、うれしいです。
ゲラの段階で目を通してくださったひとが、出版社の担当の方宛に、つぎのようなメールをくださいました。
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週末の放送の合間に、ロケが立て続けに入っておりましてドタバタ続きでした。「あったかい仕事相談室」、面白くて面白くて電車の行き帰りで一気に読みました!特に、自分自身が「仕事」を通しての生き方を模索していた時だったからかもしれませんが、短く簡潔な問いに対する答えが、どれも「なるほどな~」と思わせてくれるものばかりで、一つ一つの項目の続き話を聞かせていただきたい思いでいっぱいです。やはり、金井先生には一度お会いしたい!考え方のヒントが詰まっていたことと、悩み続けていることの答えがこんなふうに論理的に整理できるんだ、という点が興味深かったです。しかも、経営学の「組織行動論」という分野から、このような「ものの見方」ができるって面白いですね~。「キャリア」という言葉について、この機会に考えてみたいと思います。今の私には、とても力になった1冊です。
このような読まれ方をされることがあれば、とてもうれしいと思って、感想文を拝見しました。この方は、ラジオのフリーのアナウンサーでテレビの世界に移るべきか迷っているときに、この本のゲラを読んでくださっての感想でした。
いつもスタイルの異なるジャンルの本を書くと、どこかで賛否両論の声が聞こえてきますが、世の中へこの本がいいデビューをしてくれるとうれしいです。
目次
第1章 自分をみがけば未来が変わる?
第2章 お金のため?人生のため?
第3章 仕事を決める?仕事が決まる?
第4章 仕事が一番?自分が一番?