型破りのコーチング

著者名 平尾誠二 金井壽宏
タイトル 型破りのコーチング
出版社 PHP研究所 2010年1月
価格 700円 税別

書評

近くにスケールが大きくて深い思考のできるひとがおられるというのは幸せなことです。ラグビーの平尾誠二氏が、臨床心理学者の河合隼雄先生、野球の古田敦也氏、そしてわたしと対談する機会を、10年近く前にもたせていただいてから、同じ神戸に住み、そこで仕事をしているので、なにかと事あるごとに、議論を継続してさせていただく機会があります。近くにすごいひとがいるというのは、そんなことでありがたいです。たとえば、それが、わたしが会長をしていた学会(経営行動科学学会)の神戸での大会だったり、神戸大学大学院経営学研究科と現代経営学研究所が共催するワークショップだったり、また、本書以外の別の対談が神戸のどこかでもたれたりしてきました。その都度、平尾氏の思考のなかにずっと貫き通しておられるものと、同時に、あらたな経験をするたびに改訂さている部分があり、いつもこちらも考えが深まり、同時にリフレッシュされます。

2009年は、わたしにとっては、元々興味をもっていたコーチングについて、再度、踏み込んで学ぶよい年となりました。この年度に、ふたつ大事なできごとがありました。神戸大学MBAにコーチングの科目をスタートさせ、自ら名コーチである伊藤守氏、鈴木義幸氏と共同で講義、演習の機会をもたせてもらったことがひとつです。そして、平尾氏と3年越しで取り組んだコーチングにまつわる書籍が仕上がったことです。ある意味では、2009年は、自分にとってコーチング元年だと思っています。実は、この書籍に着手したのは3年前です。そのときには、同じPHP新書から、平尾氏のリーダーシップの書籍が出ましたので、わたしたちは、ごく自然にもう少し暖めるというか、熟成させるというか、とりわけ、そのすぐ後に、平尾氏が、コベルコ・スティラーズの総監督になられ、現場で忙しくなったこともあり、ほぼできあがった原稿をいったん、寝かせることにしました。そして、熟成の後に、仕上げに入って、わたしが非常に感銘したことが、平尾氏が、わたしとライターの山口氏という方と、編集担当の林氏という方の目の前で、原稿をみながら、「ここはやっぱりずっと大事なことですね」とか、「ここらは、現場に総監督として復帰すると考えが変わりましたね」「今は、ちょっとちがいますね、ニュアンスが」とか、内省しながら、それを言葉に出して、わたしたちに多くをさらに語ってくれました。わたしは、学者が構築する理論もそれが役立つ限り大切ですが、すぐれた実践家がもっているより実践的なセオリー(持論)に関心をもってきました。とりわけ、曰く言い難いことをどのように言語化していくのか、経験からの暗黙知をあらわす言葉の選択のセンスという点で、平尾氏には、いつも感銘を受けてきました。また、新境地となるあらたな経験をくぐる度に、持論がさらにどのように改訂、進化、深化されるのかにも、いっそう深い興味がありましたので、今回はこの点でも、さらに大きな気づきを与えてくれました。とくに、状況判断力と自律的な個を基盤として、理詰めのセオリーが基盤であった平尾氏の世界に、現場の土壌に必要なウェットな面、個をつむぐ勢いのようなものの大切さが加味され、同志社時代の岡 仁詩監督が前者を、伏見工業高校時代の山口良治監督が後者を照射する手本、見本だとすると、平尾氏は、これからそれと統合しつつ、新境地に入っていこうとしているようでした。

勝負の世界ですので、真価はさらにこれから問われるのでしょうが、現場復帰後の考えの進展が、この書籍で言語化されたことを喜んでいます。ここで開陳されるコーチングの方法を型破りと思われるかどうかは、一人ひとりの読者次第ですが、少なくとも、わたしには目から鱗が落ちるような箇所が多く、それだけに考えさせられることの多い書籍でした。 コーチAの伊藤氏、鈴木氏とのMBAコーチングもダイヤモンド社から来年には共著で出ますので、コーチング元年の学びが、二冊の書籍に結実していくことを、ありがたく思っています。そして、広く読まれることを祈っています。

目次

 1章 型を教えてもメンタルは育たない
 2章 日本の組織では「自律ある個」は生まれないのか
 3章 コーチングの通説を疑え
 4章 だれもがついてくるリーダーシップ
 5章 コミュニケーションの新発想
 6章 やる気は裏切りから生まれる
 7章 最強のチームをつくる