働くことの意味

著者名 橘木俊詔 編著 金井壽宏 著(第4章)
タイトル 働くことの意味
出版社 ミネルヴァ書房 2009年12月
価格 3500円 税別

書評

本書は、橘木俊詔先生と佐藤博樹先生の監修になる、全8巻の叢書「働くということ」のなかの一冊で、『働くことの意味』をテーマにしています。この巻の編著者は、橘木先生自身です。叢書の先頭を飾る第一巻であるが、配本は6冊目となりました。わたし自身は、「第4章 仕事意欲――やる気を自己調整する」を担当させていただきましたが、わたしの原稿の遅れが、配本の順を遅らせたのはないかと危惧しています。カタカナのまま「モティベーション」、また心理学者には「動機づけ」、日常語では「やる気」とも言われる「仕事意欲」を、つぎの三つの点に留意してとりあげました。

一つは、仕事意欲には時間軸で変動があるという点です。どんなに意欲が高いひとでも、それが個人の特性(trait)でなく、ある時点での状態(state)である限り、時間軸に沿ってダイナミックに変動するものです。つまり、イチローほどのすごいひとでも、ずっとテンションが高く集中力を保っているのではなく、高いときもあれば、低いときもあるはずです。ましてや、ふつうのひとは、仕事意欲にはアップダウンがあるはずです。二つ目のポイントは、それでも、世の中には、イチローのように、意欲、やる気、テンション、集中力を自己調整できるので、ここぞという場面で最高の状態にもっていけます。それは、スポーツ、将棋や囲碁、音楽家など特別なひとだけの問題ではなく、ふつうの人間である、われわれでもやっていることです。たとえば、「意欲がわかないときにどうしますか」と聞くとほとんどのひとが、なんらかの回答をしてくれます。「まず寝ます」「なにか食べて力をつけます」「とにかくそういうときにパソコンを立ち上げますね」「ひとに会いに行きますよ」とか。この点が、三つ目の点にかかわるのですが、それは、ひとは自分のやる気を自己調整するために、自分なりのやり方を暗黙にもっているということです。意欲が減退してやる気が落ち込んだときには「ひとに会いに行きますよ」というひとに、「それではどういうひとに会いに行きますか」というと、一部のひとは、「君ならできると励まして、元気づけてくれるひと」というように希望をくれるひとをあげ、また別のひとは、「お前なんかまだまだだめだ、ねじを巻きなおせ」というように、緊張感を与えてくれるひとをあげます。その理由を聞くと、「希望や激励があるとがんばれるんですよ」とか、「まだだめだという気持ち、このままだとえらい目に遭うという緊張感、危機感がわたしを動かすのです」とか、回答してくれます。つまり、働くひとは、自分なりのモティベーションの持論(実践に使っているパーソナルで素朴な理論)をもっているのです。

モティベーション論全般において、とりわけ、応用的色彩、実践的香りの高い経営学の組織行動論では、学者たちの構築する理論の役割は、このような実践的持論を人びとが抱くときに、それに裏づけを与えることだとわたしは思っています。以上のような考えをこれまでも、3冊のモティベーションの書籍で取り上げてきました(『働くみんなのモティベーション論』NTT出版、2006年、『やる気!攻略本』ミシマ出版、2008年、『危機の時代の「やる気」学』2009年)。今回、この叢書のために一章貢献できたのは、二重の意味でうれしいことです。わたしは、モティベーション論の根っこには、V.フランクルが最も劇的に提示したように、人間は、ナチスの時代のアウシュビッツのような収容所に入れられても、ずっと意味を求める存在であり続けたということです。彼のドイツ語の主著のひとつの英訳タイトルは、Man’s Search for Meaningです。

働くひとの意欲にはアップダウンがあり、そのアップダウンを説明する持論を、内省的な実践家なら持っており、また、その持論をうまく使えば意欲・やる気を自己調整できるという人間観の基盤には、ひとは、働くことの意味を求める存在であるというアイデアがあります(実は、わたしが若いときに活字にしてもらった最初の一章は、このことを扱っていました――高柳暁・飯野春樹『経営学(2)』有斐閣双書に収録、1992年)。ですから、尊敬する橘木先生から直々にお電話があり、叢書の趣旨と、この第1巻の意味合いをお聞きしたときに、そこに仕事意欲の一章が設けられ、自分にお声をかけていただいたことに感動しました。

二重の意味でうれしかったというもうひとつの意味合いは、すばらしい共著者たちに取り囲まれていることです。橘木先生は、中学高校の大先輩で、格差問題に早い時期から発言されてきましたが、本書では、東西・時代・学問間をめぐって、偉人は、働くということをどのように捉えてきたかを論じられています。あわせて、働くことの意味を余暇との関係であぶりだしておられます。働くことの意味について、日本IBMさんのプロジェクトでご一緒させていただいた前甲南大学教授の村杉芳美先生は、これまでも首尾一貫して、働くことに意味、働くことはいかに生きることそのものと重なるかを探求してきました。梅津光弘先生は、慶應学術事業会でわたしが実施した研究会でもゲストで来ていただいたことがありますが、企業倫理に詳しい立場から、「よい仕事」とはなにかを論じておられます。この問題は、わたしの研究分野でも、ミハイ・チクセントミハイやハワード・ガードナーを魅了したテーマであり、実務の世界でも、三井物産が懸命に取り組んできたテーマでもあります。金子郁容先生は、ネットワーク組織への関心から長いお付き合いで、最近は、社会企業家に関して、同じく慶應学術事業会の研究会にゲストでお越しいただいたことがあります。山脇直司先生は、京都フォーラムで、わたしが「世代継承性を担うリーダーの役割」について語ったときに、深いコメントをしてくださいました。研究をしているひとは、孤独な夢想者のように思われがちですが、実際には、つながりあうことで、刺激をえて、考えを深めています。叢書でかつ橘木先生のピックアップメンバーである共著であるということは、上記に全員の共著者のお名前をあげられていませんが、「ともに成し遂げる(accomplish with others)喜びを感じさせてくれます。

目次

はしがき
I 人にとって「働く」とはどういうことか
 1 働くということ/橘木俊詔
 2 人間にとって労働とは/杉村芳美
 3 人間にとって余暇とは/橘木俊詔
 4 仕事意欲/金井壽宏
I I 働く人を取り巻く諸問題
 5 職業の倫理/田中朋弘
 6 二一世紀における「よい仕事」とは何か/梅津光弘
 7 ベーシック・インカム/武川正吾
 8 ソーシャルファイナンスに見る、これからの「働き方」/金子郁容・田中清隆
 9 経済と倫理/山脇直司