ザ・ファースト・ステップ「一人前の仕事力」

 

著者名 金井壽宏 監修
タイトル ザ・ファースト・ステップ「一人前の仕事力」
出版社 ダイヤモンド社 2008年2月

書評

ここに紹介させていただいている、教材は、学生さん向け、MBA向けの教材ではなく、会社に入って2,3年が経過した人向けの教材として作成されています。せっかくご縁があって入った会社なのに、会社の居心地のせいか、あるいは個人の側の適性のせいか、あるいは両者の適合度のわるさから、最初の3年内にやめるひとの比率がけっこう高く、しばしば新聞やマスコミにそういう記事が出ます。この4分冊からなる教材は、小樽商科大学の松尾睦氏のような新進気鋭の経営学者と、人材育成にかかわる専門の業者の専門家と協力しながら、ダイヤモンド社の人材開発事業部が、学習教材として開発したものです。わたしは、企画の段階から、この制作プロセスを監修させていただき、各巻の巻頭メッセージを執筆させていただきました。個人向けの書籍でなく、産業材として開発されていますので、通常の書店で目にふれることができないのは残念ですが、こういう取り組みもしております(お問い合わせ先は、ダイヤモンド社人材開発事業部 03-5778-7229)。これに先立ち、一般書が一冊でています。『だから若手が辞めていく-ミドルがカギを握る人材「リテンション」の可能性』(ダイヤモンド社)がそれで、eureka(20号)でも紹介済みです。

どうやって仕事の世界で経験や上司や先輩からの薫陶、研修を通じて、新人が一人前になっていくのか、というのは興味をそそられるテーマです。研究も盛んですが、この冊子は、実際に会社で働くひとの実践に活かしてもらうためのエクササイズを含む形で、実践的に編まれています。しかし、ここでは、少しこの種の試みの背景、基盤にあるアカデミックな研究の流れのいくつかにふれさせていただいて紹介にかえさせていただきます。

経営学における組織行動論のテーマのひとつに、学校を出て会社に勤め始めた新人が、最初の2,3年を通じてどのようにして組織に適応していき、徐々に一人前になっていくのかについての研究があります。新人の適応、そのためのフィードバック、組織社会化、組織コミットメント、初期の「一皮むけた経験」というテーマがそれにあたります。適応は文字通り、会社になじむという意味での環境への適応で、仕事に入門することと、職場のグループの一員として門をくぐることの両面があり、それぞれタスク・イニシエーション、グループ・イニシエーションと呼ばれています。適応ばかりしていると自分らしさがなくなるので、組織に染まりすぎるのも問題だと、自己実現の心理学で有名なエイブラハム・マズローは主張しました。フィードバックの研究では、ミシガン大学のスーザン・アッシュフォードが有名ですが、せっかくアドバイスや情報、支援を上司、先輩、人事部からもらってもそれをうまく活用できるひととできないひとがいます。そういう意味では、フィードバックは本人次第でどう活かされるかが決まってくる資源(リソース)です。

組織社会化とは、当該組織における成員としてふさわしい発想や行動を内面化する過程のことをさします。ここでも、組織になじむだけでは個性がなくなりますので、キャリア論で有名なエドガー・シャインは、職場の仕事上の要請にうまくなじむこととあわせて、自分を貫くこと(たとえば、自分のキャリアの拠り所を見定めること)も大事だと強調しています。組織コミットメントは、組織に対する個人の関わり合いを指す概念ですが、入社直後にいきなり、これが高度になることはありません。しかし、遅くとも、会社に入ってから5,6年経過するころには、組織へのコミットメントは上昇しはじめて、以降、勤続年数とともにゆるやかに上昇していきます。組織コミットメントは、ポジティブには組織への愛着をさし、ネガティブには組織でのしがらみを指します(ちょうど、コレステロールに善玉コレステロールと悪玉コレステロールがあるのと同様に、コミットメントにも善玉コミットメント=「この会社が好きだ」という側面と、悪玉コミットメント=「もうほかの会社にいくのはじゃまくさくなってきた」という側面があります。)ここでも、会社にはなじみながら、自分というものを貫くことの重要性が示唆されています。

目次

第1巻 経験の意味
第2巻 モチベーション
第3巻 メンタル・タフネス
第4巻 成長ブック

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