人的資源管理における情報の非対称性の生成と克服 ―小売業2社の人事異動のケースを中心に―

要約

社内労働市場において、人事異動を調整・決定する主体の間には情報の非対称性が存在する。個人情報は日常の仕事ぶりを直接観察する事業部門に、組織情報は戦略策定に関与する本社人事部に保有される。両者は人材の将来の可能性において対称的無知の関係にある。本稿では大手小売業2社を対象に比較分析を行ない以下の発見事実を得た。1)異動に関わる主体は本社人事部、地域人事スタッフ、店長の3者である。2)異動の実態は玉突き異動であり、その調整過程において本社人事部と地域人事スタッフの間に情報の非対称性が生じる。しかし店長は地域人事スタッフに対し部下の異動の留保ができるので情報の非対称性はない。3)地域人事スタッフが店長の留保を受容するのは、a.地域人事スタッフの業績向上のインセンティブ、b.異動のラインを組み際の難度に関わる。4)店長による留保は人材の基本能力の新しい職務への結びつきを検討する機会を阻害する。5)したがって、本社人事部は情報の非対称性を克服しようと、本社と地域の人事スタッフの人材交流や社内公募制の整備などを行なう。6)低業績企業より高業績企業の方が本社人事部による個人情報の収集度が高い。本稿では「異動の力学」を情報の非対称性という観点から検討することの有効性を示す。

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平野光俊

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