会計基準のコンバージェンスと日本のM&A市場

要約

従来,わが国には連結や合併を含めて企業のM&Aを包括的に扱う会計基準は存在しなかった.企業は,(1)パーチェス法または持分プーリング法を自由に選択できるとともに,(2)持分プーリング法の適用時には,1年を含む裁量的な期間でのれんを償却することが可能であった.そこで企業会計審議会は,3年を超える審議を経て,2003年10月末に「企業結合に係る会計基準」を公表した.本会計基準では,IFRS・SFASで禁止されている持分プーリング法の適用が一定の条件の下で許容されるとともに,パーチェス法適用時に認識されたのれんについてもIFRS・FASと異なり20年以内の規則的償却が規定されている(1年の即時償却は禁止されている).本会計基準については,日本基準とIFRSとの間の同等性を評価する欧州証券規制当局委員会(Committee of European Securities Regulators, CESR)が,補完措置(remedies)を求めている.わが国の現在の会計基準設定団体である企業会計基準委員会は,同等性評価による重要な差異(これには企業結合会計基準も含まれる)を2008年までに解消して,日本基準とIFRSとのコンバージェンスを加速することに合意している(東京合意).そこで本稿では,企業結合におけるつぎの異なる会計方針に着目して,資本市場に与える影響を分析する.第1は,パーチェス法-規則的償却,第2は,持分プーリング法,第3は,パーチェス法-即時償却である.本稿の検証結果は,企業結合会計基準の国際的なコンバージェンスの議論に対して一定の科学的証拠を提示する.
本稿では予備的に,(1)株式交換・移転制度創設(1999年)前 vs. 創設後,および(2)現金対価M&A vs. 株式対価M&Aの長期の株価パフォーマンスの相違を検証した.ここでは,われわれは双方について有意な差を検出することができなかった.分析結果は,わが国の経営者は,米国の先行研究が指摘する合併・買収アービトラージの視点で株式対価のM&Aを指向するというよりは,むしろスキームの利便性から積極的に株式を対価とする企業再編手法を利用していることを示唆する.
本稿は,企業結合時に選択する会計方針によって,合併・買収の有効日以降の長期の株価パフォーマンスが相違することを報告する.経営者がのれんの資産計上を回避するインセンティブをもつことと整合的に,検証期間1996年~2007年において,パーチェス法を選択したうえで,のれんの規則的償却を行っているGroupの3年の累積平均異常リターンは3.85%であり,一番低いことが確認された.これは,持分プーリング法を選択したGroupの3年の累積平均異常リターン16.49%を有意ではないが下回るとともに,パーチェス法を選択したうえで,のれんの即時償却を行っているGroupの3年の累積平均異常リターン36.99%を有意に下回る.これらの結果は,多くの企業が後年にのれん償却費を計上されない持分プーリング法またはパーチェス法-即時償却を選択するインセンティブをもつことを裏付ける.もし,(a)会計方針の選択がその後の経済活動に影響を与えず,また(b)税コストが同一であれば,会計方針の選択は取得企業の経済的利益に影響をあたえないため,企業がいずれの会計方針を採用しようとも企業価値の推定は同一になると考えられる.しかしながら,我々の結果は,投資者は企業結合時の会計方針の差異の調整を行って企業価値を評価していないことを示唆する.ここでは,たとえ注記情報で容易に修正が可能であるとしても,投資者が当期純利益の数字に焦点を当てて将来利益を予測している可能性がある.すなわち,将来利益の予測値という「突出」した情報を基礎として企業価値を推定している可能性がある.たとえ有価証券報告書の注記情報によって調整ができる場合でも,パーチェス法-即時償却を除いては,投資者は持分プーリング法とパーチェス法の相違を調整して企業価値を評価していないと考えられるのである.この推論は,パーチェス法-即時償却を選択した企業が,決算短信,ニュースリリース等でのれん償却費が一時的なものであり将来利益に影響を与えないと強調することを良く説明する.そこでわれわれは,投資者は即時償却費を一時的な項目であると考え,即時償却費を戻し入れた当期純利益の数値を基礎として企業価値を推定すると考えた.
本稿では,さらに企業結合実施後の経過年数が資本市場の評価に影響を与えるかを検証した.われわれは,過去にパーチェス法-規則的償却を採用した企業の株価パフォーマンスは,直近の企業の株価パフォーマンスを下回ると予測したが,検証結果はやや複合的な影響を受けており,明確な支持は得られなかった.すなわち,直近の案件について,投資者がある程度当期純利益にのれん償却費を戻し入れて企業価値を推定しているかは判定できなかった.
キーワード
企業結合;合併・買収;パーチェス法;持分プーリング法;のれん;規則的償却;即時償却;国際会計基準;コンバージェンス;同等性評価;補完措置

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與三野禎倫

島田佳憲

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